巡る季節
季節が巡るのは早いものであっという間に夏になった。冬も明け、当初の予定通りまた旅に出るのではと考えたこともあったが、ラタン姉曰く久々の里帰りだからのんびりしたいとのことだった。
この春から使用人となったクロムとスズちゃんの2人もすっかり屋敷での生活に馴染んでいる。今は2人で廊下の掃除をしていた。そこにラタン姉が通りかかる。
「スズちゃーん」
「やー、なの!」
「はうぅ、まだダメなのですか……」
遠くから声をかけただけでスズちゃんから一目散に逃げられるラタン姉。ラタン姉は最初のやりとりでスズちゃんからすっかり嫌われてしまったみたいだが、仕方がないことだろう。そのままがっくりと肩を落とす。そんなラタン姉の後ろからクロムがやってきて頭を下げる。
「申し訳ありませんラタン様。スズにもあとで言っておきますゆえ容赦を」
「いえ、いいのです……ボクが悪いのですから。クロム君もすみませんでした」
「いえ、おかげでキルヴィと仲良くなれたと考えれば良いことでした。ありがとうございますラタン様」
クロムとのやりとりを終え、とぼとぼと帰っていくラタン姉は哀愁を漂わせていた。去っていくのを確認してか、スズちゃんがこそこそと戻ってくる。
「こらスズ、良い加減ラタン様に慣れなさいと言っただろう?」
クロムがそういうとスズはぷくーっと頬を膨らませる。
「えー……やろうとはしてるもん。でもラタン様みるとからだがかってにうごいちゃうんだもん!」
「あはは、まだまだ時間がかかりそうだね。そういえば僕も初めてあった時は同じようなことをされたっけなぁ。……そうだクロム、この後は時間ある?」
「時間か、すでに夕食の仕込みは終わってるし掃除も済んだ……うん、空いてるね。またチェスでもやるのかい?」
「いや、森に行きたいと思ってね。アンジュさんにもクロムと一緒ならとこの間許可をもらったし」
「今から森に出るのかい?……私は森に明るくないし、迷ったり、魔物と遭遇したら危なくないかい?」
「僕はこの辺の地形ならほぼ全て把握できてるしこの森に住む魔物くらいなら僕でも倒せるから、まあ遠足みたいなものかな?」
「は、はは……さすがにキルヴィの歳でそれは冗談だろう?森を歩くのは地図無しには無謀だし、この森には大人だって手こずるランスボアや犠牲者無しには倒せないオーガベアがいるのに……」
「ああ、熊はなかなか会わないけどランスボアならラタン姉に聞いてくれればわかると思うよ」
「キルヴィさまつよいのー?」
「スズ、話通りなら村にいた大人たちより強いかもしれない」
話を聞きなぜか冷や汗を垂らすクロムと、すごーい!と拍手してくるスズちゃん。
「そんな、それこそまさかだよ。誰だってコツを掴めばやってのけるよ」
「……父さんは難しいと言ってたんだけどなぁ、子供でも倒せるのか」
クロムのお父さんか。たしか戦死したとツムジさんは言っていたっけ。
「クロムのお父さんは戦死したと聞いたけど、この国の兵士だったの?」
尋ねるとクロムは遠い目をする。
「ある意味ではそうと言えるけど、正式な軍属ってわけじゃないんだ。義勇兵と言ってね、愛国心から戦さ場へ立ち上がった、ただの村人、狩人さ。働きが認められたら正規兵になることもあるだろうけど、初陣でやられちゃって……勝手が違うからと周りからも止められてたのにね、はは」
「それは……ごめん」
「いや、いいんだ。悲しいけどもう過ぎたことだから」
クロムは掃除用具を片付けてパパッと荷物を揃えてくる。
「さっ、森に行くんだろ?早くしないと日が暮れちゃうぞー」
「スズもいくー」
「スズ、お前は屋敷に残ってなさい……と言ったとこで聞かないよなぁお前は。絶対に離れちゃダメだぞ」
「わかった!」
クロムの説得放棄によりスズちゃんもついてくることになった。幼い女の子を連れていくことに対して危ないと感じないこともないが、それを言ったら自分も6歳だ。反対できるはずもなかった。
「ちょうどいい機会だから、この期に2人にも僕の狩のやり方を教えておこうかな……」
「それは頼もしいね、ぜひ頼むよ」
こうして3人で森へ遊びに行くことになった。
◇
3人が意気揚々と森に行くのを窓から見届けて、アンジュとお茶をすることになったラタンは羨ましそうにしていた。
「うー、ボクも仲良くしたいのです」
「私にしろ、キルヴィやスズにしろ、あんたはなんで初対面の子供に対して驚かすような真似をするんだか……」
「最初のは事故なのです!」
「あとのは?」
「……どんな反応するかなって」
「あんたにゃつける薬がないね」
またもがっくりと肩を落とす。
「薬といえば、体調はどうなんですか?」
「ああ最悪だよ。中からやすりがけをされてる気分さ。でもまあ、まだまだくたばりやしないさ。せめてキルヴィがクロムくらいまで育ったのを見届けてから逝きたいねぇ」
いつまでも3人が入っていった方角を眺めながら遠い目をしているとラタンが淡い光を浴びせてくる。心なしか痛みが薄れた気がした。
「……火や光属性の上位回復魔法が載っている本をツムジに探させているのです。頑張って覚えますのでそれまでこの鎮痛魔法でもたせてください」
「勉強嫌いのあんたがいつの間に……ありがとう」
「この間ツムジが鎮痛魔法の理論が書かれたメモを持ってきたのです。ボクにできるのはこんなことくらいなのです」
「そんなことないのに。……そうだラタンちゃん、いっそ子供時代によくやっていたあれをやれば、スズとも仲良くなれるんじゃない?」
未だ放たれる淡い光を見ながらふと思い出したようにアンジュはラタンに提案をする。
「……?あ!あれですか。なるほど確かに、いい案かもしれませんね!帰ってきたらやってみますのです」
ラタンもすぐに思い至ったみたいだ。これで仲良くなれるといいなと思いをはせるのだった。