春告げ祭
「取り乱して悪かった……良い結婚生活が送れるよう、ここから祈っておるよ」
「ありがとうグラウンさん」
しばらく休憩をして魔力が整った事を確認する。これならMAPも落ちる事はないだろう。グラウンさんに別れを告げ、転移して戻ってくると、なんとクロムとオスロが何やら話し込んでいた。あれだけ因縁があったにも関わらず珍しい組み合わせで何を話しているかに興味を持つ。
「ああ、おかえりキルヴィ。グラウンさんは元気……いや死んでるから元気というのはおかしいか。どうだったんだい?」
「ただいま、顔を出したら喜んでたよ。ところで何を話してたのさ?」
「ああ、これさ」
そう言ってやや興奮した様子で手にしたカメラを見せてくるクロム。昔から使っているからか少し傷が目立つようになってきたそれは、クロムの趣味の、もう一つの相棒であった。
「せっかくの娘の晴れ着、私だけでなく国にいる家族にも見せてやりたいなと思ったのだ。だがその術がなくてな……」
「ああ、そこでカメラの出番って事か」
カシスさん本人を連れ帰るのは難しくとも、カメラで撮って写真として持ち帰れば、オスロも今のカシスさんの様子を家族に見せてあげる事ができるのか。
「いや、助かった」
「別に、大した事ではないので」
オスロが素直に頭を下げ、クロムは少し照れたのかソッポをむきながら返事をする。何はともあれ、この2人が変なわだかまりを残す事なく和解ができたみたいで良かった。
「それにしても今グラウンと言ったか?あの例の500年前のアードナーという」
グラウンさんが誰なのかを直接オスロに話した覚えはないが、何処かのタイミングの心聞で知ったのであろう。
「そうだけど、どうしたの?知り合いだった?」
「いや、知り合いではないが直に尋ねてみたい事があったのだが……まぁよいか」
そうオスロは言葉を濁したのであった。……知り合いでもないのに昔の人と話したいことなんてあるのだろうか?変なの。
「さて、まだまだやる事はいっぱいあるからね」
話がひと段落したので魔力残量の確認をする。これならギリギリ大丈夫だろう。屋敷を出て庭の一角に立つとオスロも付いてきた。何をするのかとさらに近づこうとしてくるのを手で制す。
「心聞で読まれているだろうけど、ここに建築しないといけないから」
これは結婚とは別問題、とも言えないかもしれないが。もう少ししたら見習いとしてグリムの子達もくるのだし、敷地内に屋敷とは別に別邸を建てておきたいと思ったのだ。
「見学してもいいけど、あまり近づかないでね」
「手の内を明かしてくれるのは嬉しいが……地図士よ、それで良いのか?」
「何を今更。アムストルの防壁作成は僕がやったって知ってるでしょうに」
そう言い、あの時のことを思い浮かべていると、何故か彼は頭を抱えた。
「あれは頑丈とはいえ簡単な構造物であっただろうが。そんな図面も無しに、器用に建物も作れるなどと想像しとらんかったわ」
あのオスロが想像してないとは、実はこれ凄い事なのか。僕からしたら設置していくのに変わりはないのだからそこまで大差ないんだけどなぁ。
今では地形をあれこれ自由自在にできるようにもなったなんて知ったら、果たしてどんな反応を示すのだろう?そう気になっていたら。
「あの戦の後少し目を離しただけだと言うのに、随分と厄介な相手になってしまいおってからに」
とこぼしたのであった。
そんな慌ただしい準備が終わり、ついに春告げ祭当日、式の日になった。
オスロは名残惜しい雰囲気を出しつつも仕事であるからと先日旅立った。娘であるカシスさんよりも、セラーノさんやグミさんの方がその別れを惜しんでいたのがまたなんとも言えなかった。
スフェンの町の広場に集まった人は、僕がこれぐらいだろうと見積もっていた人数よりもはるかに多く、あふれんばかりの人で賑わっていた。
以前見た結婚式は秋の収穫祭で、僕らは遠巻きに見ていたっけ。人前に立つ事自体はこれまでも何度もあったが、今日は格別に緊張してしまう。
「キルヴィ様でも流石に緊張するんですね」
スズちゃんが小声で話しかけてくる。今日の出立ちは当然ではあるがいつもの、暗褐色のなめし皮を使ったエプロンドレスではない。シンプルな形状ではあるものの、太陽の光を反射しうっすらと輝いてみえるような絹で作られたドレスを纏っていて、ついつい見惚れてしまいそうになる。
「そう言うスズちゃんはなんでそんなに自然体でいられるのさ?」
今の恥ずかしいような、照れくさいような気持ちを誤魔化す為にそんな質問をする。
「うふふ、もっとずっと緊張した事があるから、ですかね?」
「それって?」
「もちろん、キルヴィ様に告白をした時ですよっ!」
そう答えるスズちゃんの、花が咲いたような笑顔が、彼女の今の服装も相まってか僕にはとても眩しかった。
くいくい、と反対側から袖を引っ張られる。そちらに顔を向けると、自分のことを忘れていないかと言わんばかりの下がり眉なラタン姉がいた。
彼女の出立ちも普段の旅着とは異なる。とはいえスズちゃんのような普段と比べて正反対になるような変化ではなく、品のある明るい色彩の正装をしていた。
「ごめんごめん、忘れているわけじゃないよ」
そう答えると、彼女はクルリと一回転してみせた。服がふわりと広がり、少し遅れて体に巻きつく様子に目を取られる。
「えへへ……どう、ですかね?」
「とっても可愛いよ、ラタン」
いけない、つい背伸びして先日みたいに呼び捨てしてしまった。ニヘラ、と笑うラタン姉を見て「ズルい!」と頬を膨らませたのはスズちゃんだった。ポカポカと僕の胸元を叩いてくる。
「私の感想も聞かせて下さいキルヴィ様!」
「いたた……ごめんねスズちゃん」
叩いてくる手を握り、顔を近寄せ耳元で「綺麗だよ、スズ」と囁く。
「うっ、そんなの……は、反則ですよぉ」
クタン、見るからに力が抜けてしまったので慌てて支える。
自分の方を見てくれなくなったからだろう、むぅ、と拗ねた顔のラタン姉がくいくいと袖を引っ張る。負けじとスズちゃんも胸元を軽く叩いてきて、幸せに違いないが、どうすればいいのか悩ましい。
「ハハハ……大変そうで」
「お互い様だろう、クロム」
声をかけたクロムの方を見ると、ウットリとした顔になりながらしなだれているモーリーさんを抱えていた。
「私はモーリー一筋だからね……スズを頼んだぞ、キルヴィ」
「ああ、幸せにするさ」
コツン、と拳をぶつけ合う。
「大変と言えば、僕よりもあっちだろう?」
そう言って目線をセラーノさんの方に向ける。クロムも「違いない」と言いながら苦笑いした。
一見、僕と同じようにセラーノさんの両腕にグミさんカシスさんが抱きついているように見えるだろうそれは、その足元を見ると違いがわかる。2人とも完全に浮いているのだ。だがセラーノさんの顔はそれをおくびにも出さないで平然としている。
恐らくはそれの提案者であるカシスさんは、大勢の人の前に久しく出ていなかった為に今は大人しく凛とした顔をしていた。グミさんは周りに対して微笑んで手すら振って見せている。いったい3人で何をしているのやら。
「あっ、ツムジが前に出てきましたよ!」
ラタン姉の言葉にサッと身だしなみを整える。
「此度の結婚式は通例の収穫祭ではないのにも関わらず、式に賛同しこれだけの人が集まってくれるとは。感謝してもし足りなく思う」
広場に集まった人々の顔を見渡しながらツムジさんがそう言うと、人々は歓声とヤジで返す。
「水臭いぞソヨカゼ商会の旦那ー!通例がなんだー!」
「我らが英雄が結婚したいって年頃なら、俺達ゃ黙って背中押すぜー!」
「祭りじゃー!」
……一部は既に出来上がっているようだ。それだけ浮かれてくれているのだ。胸の奥がポカポカしてくる。
「挨拶はいいから紹介してくれー!」
「む……そうか、そうだな。ではーー」
ここでツムジさんを横から来た影が突き飛ばした。何事かと騒然となるが、その人物を見て顔馴染みの人々はああ、と納得する。
「その役目は私に任せてお父さん!……あれ、お父さんは?」
突き飛ばししておいて気が付いていないわけでもなし、キョロキョロとわざとらしくツムジさんを探すのはツムジさんの娘、ナギさんであった。
「ナギちゃーん!」
「そんな浮かれ具合久々に見たぞー!」
「祭りじゃー!」
顔馴染みの面々からの言葉にナギさんはテヘ、と舌をペロリと出して答える。その後ろではナギさんの夫である武器屋のお兄さんが謝りながら義父にあたるツムジさんへと肩を貸して立ち上がらせていた。
「ふっふっふー!何を隠そうキルヴィ達は私の弟分と言っても過言ではないからね!」
「過言だわこの馬鹿娘っ!」
「ほいっと!お父さん鈍ったんじゃないのー?」
ツムジさんからの反撃のどつき。しかしナギさんはそれを華麗に受け流してみせる。そこから2人の追いかけっこが始まる。
「親子漫才は他所でやれー!」
「そうだそうだー!」
「祭りじゃー!」
そんな2人に呆れつつも、集まった皆が笑顔であった。とても居心地の良い、陽だまりのような場所。僕にとって壊れてほしくない、壊したくない世界がそこにはあった。
「はいはい、馬鹿な2人は放っておいて私が紹介しますね」
もはや本題を忘れて追いかけっこをしていた2人の役目をさらっと取ったのはヒカタさんであった。流石は長年陰でソヨカゼ商会を支えてきた縁の下の力持ち。出会って日が浅いアムストル組でさえ、簡潔ではあったものの知古の仲であったように見事に説明してみせ来賓者を沸かせる。
「さぁ、皆さんもいつまでも待っていられないでしょう?新婚者達の新たな門出を祝って!」
「祝って!!」
「祭りじゃー!」
一際騒がしくなる広場。
今日という日を、僕は忘れることは一生ないだろう。
……あ、そうそう。
「ラタン、スズ」
「え?」
「何ですか?」
「大好きだよ、2人とも幸せにしてみせる」
「ふふっ、違いますよ」
「そうです、それは間違ってます」
「え?」
「幸せになるのはキルヴィも一緒です」
「もちろんトワちゃんも、それからその先の子も」
そう言うと、2人は僕の両頬へと口づけを行なったのであった。
ここまでが長かった…




