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MAP機能で世渡りを  作者: 偽りの仮面士
3区画目 新婚時代
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はるかぜとともに

新章開幕!

 春を告げる風が吹く中、僕はヨッカさんと本日の僕の見張り番……もとい付き添いであるラタン姉を連れて再びスフェンの街まで縮地で走る。


 今日は越冬したグリムメンバー+αに、後1週間で契約が切れる旨と継続するつもりかの意思確認をする予定だ。問題視していたグループとのトラブルが見込まれるが、想像を上回った事はしてこないであろう。


「継続するにしても、一度自分の荷物はまとめておいてくださいね。アレはあくまで仮設住宅なんですから」


「よーくわかりましたって!心配症ですねぇキルヴィさんは。もう3度目ですよその確認」


「ヨッカ、キルヴィがそれだけ重ねて言うなんて珍しいことなのですよ?素直に聞いておいてほしいのです」


 ヨッカさんが軽めに流そうとしたのを、すかさずラタン姉が注意する。この旅の成果でもあるのかだいぶ打ち解けてたというのはあるが、流石に重要な話なので真摯に聞いておいてほしい。


 何度も繰り返し説明をしたのは、借りている兵舎分は別として、外に建造された仮設住宅はあくまでこの冬を越す為だけに一時凌ぎで許された建築物であるということ。それが過ぎれば所有権は僕達グリムではなく、スフェンの物になる。


 無論グリムとしての詰所は必要なので、再契約して使わせてもらうなり新設するなり街中の建物を借りるなりしなくてはならないのだが、移る時のことを考えて手荷物は整えておいてほしいのだ。


「わかってもらえているなら文句はないですが……僕が帰った後も僕の代わりに皆に何度も言い聞かせておいてほしいんです」


「了解です。しかし転移でなくとも早いですね、これ。もうスフェンが見えてきましたよ」


 ヨッカさんが発言した通り、スフェンはもう目と鼻の先といった距離であった。もう少し近づいた所で、縮地から徒歩へと切り替える。


「お疲れ様なのですよキルヴィ」


「ありがとうラタン姉、でも本当に頑張るのはここからだ」


 この先には今日僕が告げる事によって、その後の人生が決まる人間がいるのだ。勿論留まってくれるといってくれた人には最大限報いたいし、僕にはその義務があるのだろう。留まらない選択をした人だって、元々悪いわけではないのだから責める必要はないのだ。最もそれは本来ならの話だが。


 目を閉じ、息を整えて仮設住宅の戸を叩くとパタパタと軽めの足音が近寄ってくる。


「はい、どちら様でしょうか……キルヴィさん!?」


「やぁ、元気だったかいハドソン君?今から話をしないといけない事があるんだけど皆を呼んでもらえるかな?」


「それではキルヴィ様、私は兵舎の方に居る人達を呼びに行ってきますわね。ただいまハド、また後で」


 おや、それはありがたいんですがハドソン君の前ではもはや忘れかけていた対面初期の口調になるんですねヨッカさん。


 ハドソン君にとって自分は頼りになる姉なんだぞ感を見せたいのだろうか?ちょっとやり方に心当たりがあったのでラタン姉の方へと視線を移すと、その分目を逸らされた。何吹き込んだんですかねこの人ときたら。


 ハドソン君が僕の呼びかけに応じ、奥へと走っていったのをみてからラタン姉をみつめると「だってだって!」と声を抑えながらも反論が始まる。


「ボク含めてキルヴィの周りにいる女性の年齢がスズ以外比較的高いから麻痺しているんでしょうけど、ヨッカは本気で結婚できていない事悩んでるんですよ!?挙句周りにいるのが婚約者持ちやら既婚者ばかりで!」


「だからってハドソン君狙ったら、なーんて言っちゃったの?僕より年下だよ?」


「今のうちから唾つけとけば自分の理想の男性に育つ……なーんて言ってませんよボクは。そう、ボクはね!」


 つまり他の誰かが言ったのか。そんな事をしてヨッカさんに変な噂がついたら余計に婚期が遠のきそうなんだけど。朝方まで話し込んでいたというし、うちの女性陣は大丈夫なのかと頭を抱えてしまう。


「それじゃまるで」


 つい軽口のように喉まで出かけた言葉は、しかし口には行かずに飲み込まれ、胸へと鈍い痛みを広げていった。


「違いますよ。例え似ていても、それは似て非なるものなのです」


 ラタン姉は僕の途中で止まった言葉にどう続きが来るのかすぐにわかったのであろう。先程まであった悪ふざけの空気はなくなった。


 わからない筈がないのだ。当人はもうこの世にいないのに、僕らの心には深く深く刻まれてしまっているのだから。


 その気持ちを誤魔化すように戻ってきたハドソン君に「これから大変だけど頑張るんだよ」と言ってしまう。彼は何のことだろうかと首を傾げながらも元気よく返事をする姿に心を打たれたのであった。


 ヨッカさんが兵舎組を率いて戻ってきた後、改めてグリムの皆を見渡す。うむ、敵対反応の奴含めて欠けることなく越冬できたのは良しと考えよう。


「集まってくれてありがとう、揃って冬を越すことが出来たみたいでなによりだ。では早速だけど本題に入るね。もう雪が降る心配もなさそうなので、1週間後に契約満了としようと思う」


 僕の発言にざわめく声。あらかじめ残ると言ってくれた人達はそこまで騒いでいないようだが、敵対のグループは何やら慌てた様子になった。そういえば冬が明けたということもあって中立のグループは親和派か敵対派かに分かれたようだった。


「随分と急な話だな、ええ?」


「急も何も。対面して口頭で説明もしましたし、サイン頂いた当初からそういう契約ですよね?納得いかないのであれば、今から出ていっていただいても構いませんよ」


「随分と横柄な態度取るじゃねぇの長殿?それなら俺達にだって考えがあるんだぜ?」


 ああもう予想通りすぎて。敵対反応者は群れていることも関係しているのか、ボクの目が離れている間に以前のされた事も忘れ随分と増長していた。


「ではどんな考えか、伺いましょうかね」


 とはいえこちらからは手を出さない。既に向こうから何度か仕掛けられ、返り討ちにして来た過去があるのだから躊躇なくやってもいいとは思っているがレベルが低いことをしたくないので我慢をする。


「いいのかそんなに強気で?お前はそこにいる女を合わせても2人、対してこちらはこんなにいるんだぜ?」


「11人ね。数ぐらいは数えましょうよ、その為に子供だって勉強できる環境作ったんですから」


「うるせぇ!数の数え方やら字の読み書きなんざ、生活にどう関係してくるってんだ、ええ!?」


 いや、仕事が取れるかどうかに大きく関係してくるでしょうに。どうやら学ぶ機会を自ら放棄していたようだ。


 少なくとも一度食いっぱぐれかけたんだから、できることならなんでもやろうとは思わない物なのだろうか?……まぁもうすぐ他人だからどうでも良くなるか。契約は終わったんだからどこで死のうと勝手だし、まだ喚くようなら後はもう消えてもらうだけだし。


 それに、こうして僕が少し殺気を漏らしただけでガタガタ震えて黙ってしまうのだから、数がいた所で意味がないのだ。


「他に何か質問や意見がある人は?」


「確か支度金が貰えるとか言っていたが、具体的にいくら貰えるんだ?」


「金貨1枚半、と言った所ですかね」


「いっ!?」


 これは聞かれるだろうと予測していたのですんなりと答える。慎ましく暮らせば半年は余裕で過ごせる額を即答した事に、各々は色めきだった。


 が、欲というのは限りないもので、主に敵対反応者からだがこれでもまだ足りないと言う奴だっている。何にそんなに使うのかと尋ねてみるとやれ武器の新調をしたいとか、やれ住処を追われるのだから家を買わなければいけないとかそんな理由であった。


 別にそんな事に使うなとは僕も言わない。彼らにとって武器は商売道具である事は承知であるし、寝食をする場所だって必要だ。だけど、だ。


「わざわざ街に家を買う必要ないですよね?宿を借りるなり地元の村に帰るなりすればそうもかからないですよ?」


「しかしだな、やはり足りないぞそれでは」


「働けばいいんじゃないですか?」


「な、はぁっ!?」


 向こうからしたら、つり上げられるだけつり上げたいという交渉のつもりだったなのだろう。だがかなしいかな、僕にとってこれは報酬交渉のテーブルに値しない事項なのだ。


 何しろ僕からしたらこれは対価無しでの支払いなのだから。それで文句を言われているのだから、良い気分はしない。もう春になったのだから仕事も出てくるのだから、お金を得たいのならば働けばよいのだ。


 そんな厚顔無恥な事を言ってきた奴は尚も食い下がろうとするが、粘ったところで首を縦に振らないという僕の態度を見て悪態を吐きながら下がる。今ので敵対者が少し増えたかな、楽して儲けようだなんて自己中な人が多くて気が滅入る。


「はい!キルヴィさん!」


「ん、ハドソン君どうしたの?」


 そんな中、前のめりになりながら彼が勢いよく手を挙げるのでよほど何か尋ねたいのだろう。


「僕達子供組はいつからでも見習い開始できるんですがどうしましょうか?」


 ふむ、子供組の顔を見回すと全員やる気が溢れていて眩しいね。先程までの嫌なことが頭から抜けていきそうだ。


「やる気がある所申し訳ないんだけど、受け入れ準備がまだ整っていないからね。契約更新した後から来てもらおうと思ってる。少し人里離れた場所だけど、心配しなくてもいいよ」


「わかりました、よろしくお願いします!」


 ペカー!!というような音が聞こえて来そうな笑顔。さっきの奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。今だって「俺たちと対応が違うぞー!」だの喚いているし。


「後はいいかな?では在留組の皆さん、後はお願いしますね」


「任されましたわ。さあやる事が沢山ありますよ、手早く片付けましょう!」


 ヨッカさんの号令の元、グリムの面々は動き始めた。彼女はこちらに一礼をして、それからその後ろへと着いて行ったのであった。


 いや、1人残っている人がいる。これまで何度も絡んできた、髪型が独特なあの巨漢だ。ラドンさんに一度引き渡していたが戻されていたらしい。そんな彼が、こちらを見ては何かを言い淀むということを繰り返していたので仕方なくこちらから声を掛ける。


「どうかしました?」


「あの、よ……今更なんだがよ。俺が残るって言っても受け入れてくれるのかよ?」


 その言葉にまずは驚く。今日会ってからずっと気にはなっていたが、今の彼からは敵対反応の色が消えていた。


「これはまた、だいぶ心変わりされましたね」


「俺は馬鹿だからよォ、こうして事が済むまでずっと騙されてんじゃねえかって思ってたんだがよ。だから斜に構えて、アンタらに突っかかっちまった」


 だがよォ、と巨漢はクロムに斬られた傷口をさすりながら続ける。


「アンタは約束を守ってくれた。そればかりじゃねェ、突っかかった俺を殺す事だってできたのにしなかった!負担でしかねぇ筈なのに、だ」


 そしてガバリとしゃがみ込み、地に頭を擦り付けながら僕へと懇願するように続けた。


「アンタはこんな恥知らずな俺を2度も3度も救ってくれた恩人だ!俺ァこれ以上恥を重ねたくねェんだ、頼む!これまでの非礼は侘びるからよォ!」


「どうしますか、キルヴィ」


 少し困ったような顔でそう聞いてくるラタン姉だが、恐らくは僕だって同じような顔をしているのだろう。少し悩んだ末、僕は彼の名前を呼びながら肩に手を置く。


「頭を上げてください。時間がかかろうと、衝突しようとも。こうして間違いを認めて正す事ができるのであれば僕としては断れないです」


 ただし!と付け加える。


「僕はよしとしても、僕の使用人にした事は許せません。なので彼らに謝罪するまではこの件保留にさせて貰えますか?」


「ああ、ああ!ありがてェ、必ず謝る!」


「では、ヨッカさん達と一緒に後片付けに回ってください」


 彼は立ち上がってもう一度一礼すると、仲間の背中を目指して走っていった。


「そんな感じなんですが、いいですかねラドンさん?」


 実は彼らと共に来ていたラドンさんに振り返りながらそう尋ねてみると、彼は滝のように涙を流す男泣きをしていた。


「キルヴィ殿の海のように広い心に、このラドン!感激致しました!」


「そんな大袈裟な。何も泣くような事ないじゃないですか」


「いえ!いえ!そんなことありますぞ!過ちを正し、良い方向へと導くというのはこの歳になってもなかなか出来ない事ですからな」


 大きく身振り手振りを交えて言われると、やはり大袈裟に感じてしまう。


「敵対していた内の1人しか、気持ちを動かすことはできませんでしたけどね」


「その1人こそが、大きいではないですか。あの中で1番の荒くれ者だった彼を改心させたのですから」


 ただ、とそこで彼は悩み事があるのか頭を抱え込む仕草をする。


「契約から外れる敵対反応者。コレは早めに喉元を抑えておかねばならぬでしょうな」


「一応お聞きしておきたいのですが。報復に大きく何か仕掛けてきたらどこまでなら許されますか?」


「……さて、どうお答えしましょうかな」


 僕が何を言わんとしているのか、正しく理解しているのであろう。


 1度目は実力をわからせる為であった。2度目は返り討ちの為、それでも命だけは取りはしなかった。では3度目は?


「軍属の身としては事件は起こしていただきたくはないのですがね。ただ私もそろそろよい歳ですからな、春の陽気に誘われてついウトウトしてしまい気が付かないかも、しれませんな?」


 そんな事が起こってほしくはないが、仮に何か不幸な事が起こってしまったとしても、見逃してくれると言ってくれたのだ。


 「ああそうだ、ツムジ殿から聞いたぞ?」と、ふと思いだしたようにラドンさんが僕達の結婚について祝福してくれる。それに感謝を示しつつ一言二言と話をしていると、少し心配したような表情をされた。


「祭りは4日後だがこんなところでのんびりしていても大丈夫なのかい?」


 その言葉にガタッと立ち上がる僕とラタン姉。しまった、結婚できるということに浮かれていて肝心の春告げ祭の日がいつなのか、ツムジさんに聞いておくのを失念していた!


「こ、こうしてはいられないのです!キルヴィ、ツムジの所に行きますですよ!ああでも、先に皆を連れて来た方が……いや、屋敷に来てもらった方がいいですかね!?」


「と、とりあえず会いに行こう!ごめんなさいラドンさん、これで失礼します!」


「あ、ああ。気をつけるんだぞ」


 挨拶もそこそこにラタン姉の手を握ってツムジさんの家まで縮地で駆けつける。ツムジさんの名前を呼びながら家の戸を叩くと、ヒカタさんが開けてくれた。


「ああ来てくれるんじゃないかって待ってましたよ!ごめんなさいあの人ったら遠征でどんだけ日にちがたっていたのか忘れてたから!」


「キルヴィ達来たのお母さん!?」


 事情は話さなくともわかってくれているらしい。ヒカタさんが謝り、それに気がついたナギさんがパタパタと色々な生地を持って奥から走ってきた。そしてガシリとラタン姉の腕を掴むとその勢いのまま引き返していく。


「スズの採寸はこの間測ったから大丈夫だけどラタンさんモーリーちゃんグミさんカシスさんは分からなくて困ってたの!ほら早速ラタンさんは向こうで測りますよ!」


「あ、あうあう!?」


「キルヴィも!いつもの格好で出るなんてそんな事許せないからね!?」


「わ、わかった」


 本職ということもあって、凄い剣幕で叫ばれる。先程の荒くれ達なんかよりも知り合いのお姉さんの方が、僕達にとってはずっと怖いものであった。

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