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MAP機能で世渡りを  作者: 偽りの仮面士
2区画目 少年時代
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閑話:義父と義息のブルース

オスロ視点

次話から新章となります。

 地図士達から席を離し、向かい合って座り合う。娘達にいっぱい食わされた程のセラーノがまたも頭を下げようとしてくるのを手で留めつつ、空いた杯に酒を注ぐ。イベリ産の酒は味が豊かで、ノーラではとても真似ができんのが残念だ。


「そう軽々しく頭を下げるでない。あれは私と娘共のタチの悪い芝居だ。お前は悪くないだろう」


「そう言っていただけるのはありがたいです……」


 それでもバツが悪いといった表情を崩さないのは流石なものだ。私には心聞でバレているというのに、そうとわかった上でまだ演じようとは、よほど周りにアピールしたいと見える。


「ここなら周りから聞こえんしこうすれば顔も見えんだろう。お前さん、実際のところハナから気がついておったよな?」


「さて、なんのことでしょうか」


 顔を寄せ小声で尋ねて見せると、表情はそのままにすっとぼけたような声で返事をされる。


 あの娘、グミが此奴の事をわかっているように、此奴もまた、グミの考えたことだと看破していたのだ。その上で周りにバレないよう乗ってみせた、此奴の漢気というのがまた心地よかった。


「余程、互いを想いあっているのだな」


「そうであれば、良いんですけどねぇ」


 言葉無くして以心伝心してみせたお前達が違うと言うのであれば、世の中の殆どの者が相思相愛なんぞ言えなくなるだろうに。


 言葉に出さずとも意図を読む。これがなかなか難しい事だというのは身に染みて理解している事だ。なまじ私の場合は確実ではないものの大抵の場合心を読めてしまうから、余計にもどかしさを覚えてしまう事柄となる。何故私は意図を汲んでやっているにも関わらずこうも身勝手な事をやってくれるものかと、部下やかつての上司どもに何度腹が立ったことか。


 地図士の様な特例は別として、こういう人材というものは探そうとして探せるものでない、育てようとして育つ様なものでもないのが難しい所だ。こうして出会えた時は普段ならば勧誘をかけるものだが、地図士の手前である以上控えておいた方が良いだろう。こういった手合いは大抵、今の環境に満足しているのでな。


「因みに聞いていた馴れ初めは……そうか、そちらは本当に偶然なのか」


「そんなマッチポンプ、今時流行りませんよ。いくらお忍びとはいえ、どれだけ薄い護衛なのかと驚きましたからね」


 大分平和ボケしておったからな、アムストルは。そこでは腕利きの護衛だとしても他国において通じるかということをもっと考えなければならない。


「因みに娘とは……ああーーこれは、聞いてなかった……本当に申し訳ない」


 娘の馴れ初めは親として気になるものだ。カシスは「衝撃的な出会いであったぞ!」と的を得ない発言だったので、グミに尋ねたところ「これは本当に親切心からですが知らない方がいいことだってあるんですよ」とこの部分だけ頑なに心聞を防ぎつつも言っていたのを今理解した。初対面の相手に痴女の様に騒ぎ立てるとはあの馬鹿娘、本当に何しとるんだ。


「ハハハ……過ぎた事です。それに、そこから彼女なりに改善してみせたのをみて結構見直していたんですよ」


 乾いた笑いの後に本心からそう言ってくれるのか。今日会ったばかりではあるがこの男がますます好きになってしまうな。


「カシスさんは、家ではどんな子だったんですか?」


「カシスか?アレは家で2人の姉と母親に甘やかされて育った末の娘でなぁ、昔から夢見がちな子だったよ」


 夢見がち、で済ませていいかはちょっと考える必要が出てきたが。自分がそうであったように娘達にも自分のやりたいように生きろと言って育ててきたのがまさかこうなるとは思わなんだ。


「姉がいるんですか。彼女、家のことは何も教えてくれなかったんですよ」


「立場上そうしろと教えたからな」


 個性的に育った癖に変な所は昔から律儀に守るんだアイツは。ああなった原因である上2人はちゃんと淑女に育ってくれたのに、アイツはいつまでも悩みの種だった。


「でもそこが可愛いんでしょう?」


 心聞を使えるわけでもなしに心を読むな、と咳払いするとわかりましたと苦笑いで返される。


「しかし、帝王の懐刀と呼ばれたベルモンド家とこうして縁を持つ事になるとは、世の中とはわからないものだな」


 分が悪いので強引にだが話を変える。


「そんな私が生まれる前の、何代前の話をしているんですか?今やライカンスでありながら帝国に属さない、放蕩しているだけの裏切り者の一族なんて言われる始末ですよ」


 そう言ってセラーノは肩をすくめながら答える。そうか、先日の遠征でドゥーチェの兵を率いていたガーランドの亡霊めにそう言われたのか。


「かの忠臣ですら離れざるを得ない帝国とは、どういったものかと考えさせられる事柄だな」


「えぇえぇ、歪んでいますよ国中がね。数と力こそが正義だと、税を上げ徴兵をするばかりで国は痩せていく一方ですから」


「戦争無くして成り立たない国家の形成か。勝てるのならば良いが、そうでないのならば滅亡まっしぐらだな」


 無論我が国ノーラが負けてやるつもりはない。隣接しているルベストやグリアとて、ドゥーチェ側からの猛攻でその国防が揺らいだとは聞こえてこない。刻一刻と滅亡が迫っている状況なのにドゥーチェは大きな動きを見せていないのは実に不自然であった。


「その歪みをどう見る?ドゥーチェだけのものと見るか、それともこの世界全てのものと見るのか?かつてアードナーであった筈の、ベルモンドの末裔よ」


「……そんな事まで耳に入ってくるんですか、伊達じゃないですね百聞というのは」


 ベルモンド家と豚のライカンス。その実態はアードナーが一族、ゼツ族の末裔だ。とはいえ既にその能力は失われて久しいらしく、子孫であるセラーノですら、どのような能力であったかが実態を掴めないようであった。


「帝国だけでなく、各地を歩き回りましたが。世界の歪みなんじゃないですかねこれは。と言うよりもルベストが一番おかしいんですよ」


「ほう?」


「アムストルの一件を例に挙げてみてもそうですが、いくら中立都市だったとはいえ目の前でああも戦を起こされて、それでも不干渉というのは防衛意識が見られません。伝え聞いた話になりますがイベリとの戦争であっても、その対応は明らかに遅い」


 電撃戦の事か。前線を抜いた抜かれたまでは、戦争をやっているうちいくらでもある事だ。だがそれを数日も放置するなどありえない対応をしている。伝聞の早馬が遅れた?相手は騎兵だったとはいえ従軍して侵攻している以上格段に遅くなるというのに?


 そもそも、だ。この国はそんな防衛と呼べるか疑わしい対応しかしない癖に、戦争をやっていて攻め込むということをしない。それなのに軍勢が飢えることもなければ負けがこむこともない。何のために軍を維持しているのかよくわからない状態だ。


 そうなるとどうなるか。軍は攻めれる余力は充分にあるのにと不満を持ち、民もまた何のための軍なのかと不満を持つ。解消されない限りその不満は溜まり溜まる溜まって遂には爆発し、内乱へとなるだろう。


 ドゥーチェと似ているように感じるかもしれないが、そちらは既に内乱する元気すら民にはないのだ。こうしてみると、あえて中にも外にも敵を作ろうとしている風である。


「考えている事は同じ、か。気が合うな」


「ええ、おそらく。この国はーー」


「「世界を巻き込んだ戦争を望んでいる」」


 チン、と杯をぶつけ合い、お互いに言葉と共に飲み干す。思うは自らの安寧か、それとも世界の平穏か。何が共和国か、一番血生臭いのは間違いなくこの国だろう。


心が通じたついでに地図士の心の声を辿って知り得た事をついつい漏らしてしまう。


「時に、セラーノよ。一度戦争の話から離れるがアードナーへの迫害が起きた事は知っているかね?」


「スズさんが話していた、天使関連での事であればルベスト建国の頃……ベルスト歴の発足前後といった頃でしょうか?」


「ところが、だ。気になることを地図士は既に知っていた。当時を知る知人からの話を聞いたが、気付けていなかったのだ……おおよそ500年前。この意味が、分かるか?」


 セラーノは目を見開く。今はベルスト歴588年、ベルスト歴の発足前後の誤差というには88年は大きすぎる。


「加えて、この500年でアードナーの血が薄れたのだろうとその知人は考えているようだが、これにはおかしいと私は反論せざるを得ない。長命種である我々エルフからするならばせいぜい二代、三代前の話だぞ?」


 直接会った事はないが、ずっと昔父が語った祖父の事を思い浮かべる。曰く、彼も心聞を使っていたらしいが、私の能力よりもずっと限られていたという。父とてそうだ。私を挟んで娘に至っては遂に能力すら使えなくなった。


 代が移ったとはいえ、この力が自然にそんなにもはやく薄れるものなのか?この情報を得るまでもっと前からの流れであると考えていたのに前提が大きく狂ってしまった。



「まさか、これも当時のルベストが関係あると?」


「間違いなくあるだろうな。いや、当時どころか進行形の話やもしれんぞ、アードナーが消えつつあるのは」


 ここで余生を過ごしたというイレーナとてそうだ。今は別の流れからきたアードナーの地図士が引き継いでくれたから良いものの、シン族という謎の多い血族の流れは消えつつある。このルベストで名家と呼ばれていた筈の一族ですら、だ。


 聡い奴のことだ、もしかしたら何か掴んでいたのやもしれんが病に倒れ真相は土の中。こうなると本当に病であったかすらも疑わしくなってくるが、憶測が重なりすぎだ、正しい情報とは言えない。


 このルベストが腹に闇を飼っているのは間違いなかった。それでも、確かめることができないのは確かめたら最後、消されるであろうという事が予測できてしまう。


「戦に備えよセラーノよ。イレーナが過ごしたこの森とて多少の防衛結界が張ってあろうが、敵は強大な時の流れぞ。いくら備えてもまだ足りぬと考えた方が良い」


 お前の為にも、娘の為にもだ。


「この先、仮に戦なく平穏に過ごせたにしてもそうでないにしても、お前はどのみち娘を置いて先に旅立つ事になるだろう。アレの父親としての願いだ、どうかその時まで可能な限り笑わせてやってくれ」


「私は。私は以前彼女を守ることができませんでした。それでもあなたは私に娘さんを任せれますか?」


「悔しかっただろう、次こそはと思ったのだろう。もしそのことが負い目だと感じて、それで娘とも結婚しようと考えているのだったならば止めただろうな」


 そうではないのだろう?と笑いかけると彼は今日初めて本心から困ったような笑みを浮かべた。


「……分かりました、お義父さん」


 ふむ、話のわかる息子を持つというのはこんな感じなのか。


 存外、悪くない。

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