オスロの用事
「……っく、くっくっくっく!ああそうか、いいだろう!しかとその想い聞き届けたぞセラーノとやら!」
オスロはセラーノさんの発言の間、余計なことは一切言わずただただ聞く側に回っていた。目も逸らさずに、ひたすら真っ直ぐに。
「口先だけでなく、心根共々同じ想いと。その意気や良し!つくづくエルフでない事が残念な青年だ」
ゾワリ、と唐突に身の毛が逆立つ感触。オスロが威圧をかけてきたのだ。平然としている周りの様子からして、僕とセラーノさんの2人だけだろう。今のところ話に関係してこない僕をあえて巻き込んだのは、目に見えない変化を誰かに共有させたかったのだろう。
「どうだ、これでもまだその意地を貫くつもりか?」
この圧力、ただの一般人ならば気絶してもおかしくない気迫だ。だが、セラーノさんはそれでも持ち堪えた。それを見届けると、オスロはフッと笑い、威圧を解く。そして、
「おいカシス、良い男を見つけたな。お前が幸せになりたいのであれば絶対に手放すなよ、後悔するぞ」
カシスさんの方を向き豪快に笑いながらこう言い、カシスさんとグミさんは満面の笑みを浮かべながらセラーノへと飛びつき、セラーノさんは身重なのだからとカシスさんを嗜めつつもその抱擁をしっかりと受け止めたのであった。
◇
「それで?説明を誰かお願いします……ああトトさん、その体格でこっそり逃げようとするのは無理がありますよ」
先程のセラーノさんの大胆な告白方法に女性陣はすっかり色めきだってしまい、話の中心であったグミさんやカシスさんはもちろんの事、腹を立てていたはずのモーリーさんまでもがニニさんと手を取り合ってきゃあきゃあと姦しい声をあげて話し込んでいる。
だが、結局これは何だったのかと説明してもらいたいのだ。トトさんには悪いが、聞ける対象が限られている以上観念してもらおう。
「あはは……改めておかえりなさいキルヴィさん。こちらは見ての通り全員無事だよー」
「ただいま戻りましたトトさん、全員無事で何よりです。それで、どうしてそこに招いた覚えのない客が居るのか教えてもらえませんか?」
トトさんは苦笑いをしながら頭を掻き、助けを求めるようにオスロの方へと視線を送る。話を振られたとわかったオスロは仕方がないといった様子で口を開く。
「先の件で傷ついたという娘達のための、私なりの余興だ、そこそこ楽しめたであろう?」
こいつってそんなことを考えるような奴だったのか、わからないものだ。
「……因みに、どこから仕込みなのさ」
それを聞くのは野暮ってものだろうとオスロは渋い顔で返しつつ、「ほぼ全てだ」とグミさんの方を見ながら答える。
「あやつ、ベルモンドのことをよく知っているのであろうな。おおよそこう答えるであろうというのを予測して筋書きを組み立てよった。ああしてみると可愛らしくも見えるが、女ってのはつくづく怖い」
「セラーノさんが今した発言を先に聞いてきたのかってくらい正確なんだよー、何があってもグミさんは敵に回したくないよー」
応答含めた全部?2人に釣られて僕もグミさんの方をみる。見たことがないくらいに笑顔を咲かせている彼女だが、全て計算尽くで動いていたのかと思うと背筋が薄寒くなる。
「まあそんなのはたまたまここに娘がいたからの余興にすぎんのだ地図師。私はお前に頼みがあって休暇中だがはるばるこちらを訪ねて来たのだ」
「いや、ここを教えた覚えなんてないんですけど」
とても頼む態度には思えないが、そういう事らしい。トトさん曰くここに到着した3日前からずっとこんな調子らしく、説明しようにもしようがないといった話であった。
僕を探してここを訪ねてきたといったが、いくら心の声を聞けるからといって、自分が知りもしない場所まで特定するのは至難の業だろう。それなのにどうしてこいつはここまで辿りつく事ができたのか。その疑問に対する答えは次のオスロの言葉であった。
「お前の居場所についての情報がまるで集まらなくてな、まさか数十年前集めたクリーブが屋敷を構えたという噂を元に探ることになるとは思わなんだわ」
クリーブとはアンジュ母さんのお父さんの名前だった筈。なるほど、屋敷自体は住所変更していないのだからそれをあたったわけか。冬季だからいるだろうと見越してやってきたもののまさかの僕は留守で、挙句何故か行方知れずになっていた娘までいたと。
「ここに辿り着いた理由はわかった。けど僕に何の用事なのさ?」
「キルヴィ、そんなこと聞いてどうするのさ!カシスさんの父親ってことはわかったが、別に仲良くする必要までないだろう?」
僕達とオスロの会話が続いたのに堪えきれなかったのだろう、クロムが口を挟んできた。
「地図師よ、お主制度の良い地図を自筆する事ができると娘から聞いたが、地図はどれくらいの範囲をどれだけの精度で正確に描く事ができる?」
しかしオスロはクロムの言葉にはまるで耳を貸さずに僕へと質問を投げかける。
「ああなに、心配するな。別にこの国の地形やら情報やらをよこせと言うつもりはない。空上での説明が難しいなら、アムストル周辺の辺りの地図ならば問題ないだろう?」
てっきりうちの国の情報を抜こうとしているのかと思ったが違うようだ。意図はよくわからないが、確かにあの辺の情報であればオスロも知り得る物であるし構わないかと思い、巻物上に作画し地図を広げる。
「ほう……これは驚いた。一瞬で描写してみせたように見えたが、これがお前の魔法なのか?」
「ああそうだよ。こればかりは真似しようとしてもできないだろうって自信があるね」
ふむ、と齧り付くようにして地図を眺めるオスロ。現在のアムストル跡地近辺なので、これといった対象物もなくなかなか見定めが難しいのだろう。一度返してもらい、国境近辺の砦が範囲に入るようにもう少し縮尺を大きくした広範囲の物を手渡す。
「これは、便利だな……む、そうかここも落ちていたか。思ったよりも立て直しが難しそうだな」
僕の手際を見て思わずといった感じにオスロが言葉を漏らした。彼は指で海岸線をなぞり、物思いに耽るように目を閉じる。暫し沈黙の後、自前の地図を持っていたのだろう、紙を取り出して見比べだした。
「測量の道具もなし、記憶を元手に描いたにしても精度はうちの技師と同等か上々と。大したものだ」
「キルヴィ、そいつに地図まで作ってどうするんだ!以前大変な目にあったって自分であれだけいっていたじゃないか!」
クロムが吼える。地図についての苦言はその通りなので甘んじて受け入れるつもりだ。目の前に敵がいる以上仕方がないのかもしれないが今のクロムは少しばかり冷静さが足りないようだ。流石に五月蝿いと感じたのであろう、オスロが眉間に皺を寄せてクロムへと向き直る。
「……いったい私に何の用があって、そうも五月蝿く騒ぐ事ができるのかね?」
「何の用か、だと!あれだけ痛めつけられ死にかけたこと、忘れる事ができるか!」
「そうか、お前はあの時の……それはすまなかったな。それで?私はお前に何をしてやればいい?どうすればお前の気が済む?」
激昂しているクロムに畳み掛けるように冷たい態度でオスロはそう言い、クロムを怯ませる。
「私は今、お前とではなく地図師と話をしているのだ。それなのにいちいち茶々入れしてこられても困るから先に済ませようではないか。で、どうすればいい?地に頭をつけて謝り通せばいいか?それともその腰につけた短剣で私をめっためたに刺せば気が済むのか?」
「違う、そこまでは……」
「そうかそうか、そこまでの覚悟もなくお前は私の邪魔をしていたというのか。あえて聞くがこんなのが地図師、お前の使用人なのか?」
「そうだけど……」
「使用人はちゃんと選べ。交渉の席についた主人と相手との会話を私怨だけで妨げるような奴を手元に置くとお前の価値まで下がるぞ」
完全に言い負かされ、今度こそクロムは沈黙する。いつかツムジさんが言っていた、「使用人は時として自分を殺さないといけない」というのは、まさにこの状況を作り出さない為の言葉だろう。オスロは話の続きへと舵を取り直した。
「地図師よ、今すぐにとは言わん。だが、その力を見込んで仕事をしてほしいのだ。……どうやら西の奴らが新大陸を発見したらしくてな」
新大陸だって?西、というとイベリ王国か。停戦協定出してからめっきり静かになったと思ったら、裏でそんな事をしていたのか。
新大陸、という単語が気になったのだろう。スズちゃんが未だ姦しい話の輪の中から抜け出て僕の隣にやってくる。
「どうしたそちらのお嬢さん……ふむ?初対面の筈だが、心聞が全く通じないとは珍しい事もあったものだ」
意外にもオスロはスズちゃんの事を邪険には扱わなかった。いや、変な固定観念はもうやめよう。オスロは出会いこそ最悪だったもののいざこうやって話をしてみると、嫌な奴であるのは変わらないがそこまで常識はずれな奴ではないのだ。むしろ弁えている人に対しては優しい人当たりなのかもしれない。
それはそれとして、僕ですら防ぎきれていないオスロの心聞を完全に遮断する事ができるとは、冥府の書の中の経験というのはスズちゃんにとってかなりの恩恵を得られたらしい。
「あ、いえ……新大陸と聞いて。そこまで大した情報は持っていないのですが、かつてこの大陸はその大陸とも繋がっていたとか」
「その話、どんな些細な事でも与太話でもいいが詳しく聞かせてくれるか?なに、情報料くらい出すさ」
そう言ってオスロは近くにあった机の上へと傷一つない金貨を積み始める。そんな事をされて慌てたのはスズちゃんだ。目を白黒させながらオスロの手を止める。
「やめて下さい!ほんとに、ほんとに大しては知らないのにそんなお金受け取れません!」
「出す方が構わないと言っているのだ、受け取りなさい。いいかね?私は君達よりも長く生きているにも関わらず、今の今までそんな話は御伽噺や噂すら聞いたことがないのだ。この百聞のオスロがだぞ?ならばその情報はどんなものであれ値千金に勝ると言うものだ。さ、聞かせてくれ」
本当に良いのでしょうか?と僕に目線で訴えかけてくるスズちゃんに僕は黙って頷いた。そして改めてスズちゃんの話を聞く。スズちゃんが書の中で聞いたのは昔を生きた当事者の言葉だ。この大陸が孤立する前には、海の向こうには陸があり、人だって住んでいたというのを実際に目にしてきた者の言葉なのだ。とはいえ、これは会ってきたスズちゃんからしたら信用に値する話だと判断できるがそれ以外の人にとっては真偽の判別はつかない。
オスロはそんな嘘とも誠ともつかない話を真剣に聞き入っていた。
「そうか、ならば向こうにも人はいると考えて良いのだろうな。こちらの言語が通じるかは怪しいものの、全く文明が栄えていないということもないだろう」
話を聞き終えた後オスロは嬉しそうに頷き、スズちゃんへと小袋一杯の金貨を握らせスズちゃんを卒倒させたのであった。




