春の訪れと使用人の兄妹
2月末。厳しかった寒さがやや落ち着き、そろそろ備蓄が少なくなってきたと感じた頃にツムジはやって来た。
「いやはや、アンジュ様、ラタン姉、キルヴィ君。今年もよろしくお願いします。そろそろ春になるってんで一足先にやって来てしまいました」
「ありがとうツムジ。今年もよろしくね。そろそろ備蓄が少なくなって来てたと感じてたから助かるわ」
「今回の訪問は独断ゆえ使用人の子たちをまだ連れて来てません。が、1週間後にまた訪問するのでそこで顔合わせとなります。一通りの仕事は叩き込みました。妹も簡単なお手伝いなら進んでやってくれますね。いい子ですのでよくしてやってください」
「すまないね、これはほんの気持ちだよ」
ジャラッとお金の入った袋を差し出すアンジュ。だがツムジは手でその袋を抑える。
「とんでもない!すでに料金も教育用のお金も前回の時にいただいております。これ以上は受け取れません」
しばらく押し問答が繰り返されたが頑なに受け取らないツムジにアンジュが先に折れた。袋を持ったままやれやれと腰に手を当てポーズをとる。
「商人のくせに欲がないねえ、そんなので上手くやってるのかい。いや、だからこそ上手くやれるのかもねぇ」
「確かにあれば困りませんが、金だけが全てではありませんから。俺は金に汚くなりたくはないんです」
「それで、その子たちの名前はなんというんだい?改めて自己紹介はしてもらうつもりだけど教えてくれてもいいだろう?」
「それでは、先に伝えます。兄の方がクロムで、妹の方がスズという名前です」
「クロムにスズか。覚えたよ。じゃあこのお金でその子たちに服を仕立てな。あんたにやるんじゃない、あくまでその子たちに先払いさ」
再びずいっと袋を出される。自分のものではないと言われた上では断りにくく、次に折れたのはツムジさんになったのだった。なんとも言えない顔で受け取り、肩を落とす。
「はあ、商人になってだいぶ経つというのにいつまでも口でアンジュ様に勝てないなぁ、商才はアンジュ様のがあるんじゃないか……?」
「口だけでものが売れるんだったら、今頃世の中は詐欺師で溢れかえってるよ。それ以外でまさっているからこそあんたは成功してるんだ。気をしっかり持ちなさいな」
かっかっかと笑うアンジュさんにツムジさんは苦笑いで答えている。
「……キルヴィと仲良くなれるといいですね?」
「……うん」
ラタン姉がそう言ってくれるが現状歳の近い子がいない環境であり、気になっているのは確かだ。だが、同時に知らない子が屋敷に増えるという不安もある。
「……子供同士だ、喧嘩などは避けては通れないでしょうね」
「それはそうね、私たちも何度喧嘩したかわからないものね」
「身分が違うというのに、幼さゆえの無知さは恐ろしいですからね……」
アンジュさんとツムジさんは小声でなにか話し合い、笑っている。そんなこんなで今回の会合は終わり、あっという間に1週間が経過するのだった。
◇
「お初にお目にかかります、クロムと言います。こちらは妹のスズです。兄弟共々よろしくお願い致します」
「お、お願いします」
ツムジさんに連れられて現れたのは黒髪で流し目の男の子と、その影に隠れて兄の袖をぎゅっと掴んでいる、同じく黒髪のややつり気味な目な女の子であった。
「この館の主人をやっているアンジュだよ。不便なところかもしれないがこれからよろしくお願いしますね」
「キルヴィと言います。この館にお世話になっているものです。よろしくお願いします」
なおラタン姉はなぜか透明化をしている。
そーっと2人の背後に近寄っていき、スズちゃんの肩を掴んでバァッ!と透明化を解除し突然現れることで驚かしにかかった。スズちゃんはいったい何が起こったのかわからなくギャン泣きが始まる。クロムさんは泣き出した妹と突然現れた同い年くらいの女の子にオロオロしている。
その時、ガシッとラタン姉の肩を掴む人がいた。
「ねぇラタン?」
「なあポンコツ姉?」
ギ、ギ、ギと振り返るラタン姉。そこには例の表情をしたアンジュさんとツムジさんがいた。
「この子達は慣れないところで不安でいっぱいいっぱいなんだ」
「自己紹介だって緊張してるのが見て取れたはずだよ?」
「あ、あの2人とも痛いのです……」
「痛い?痛いといったのか?2人の心を傷つけて?」
「私ら相手にやるなら笑い話で済ませられるけど越えちゃいけない一線ってあるんだよ?」
「「ちょっとこい」」
ズルズルと引き摺られるラタン姉がこちらに助けを求めるような視線を投げるが、僕は泣いているスズちゃんを宥めるのに手一杯な上今の行動にドン引きしてしまったため無視をした。クロムさんと一緒にあれこれやっているうちにスズちゃんは泣き止んでくれ、2人でふうとため息をつく。
「ありがとうキルヴィ様、いきなりお見苦しいところを見せてしまっただけでなく手伝っていただいて……」
「何を言います、クロムさん。こちらこそラタン姉が失礼しました。それと僕は別に偉くないので呼び捨てで敬語もなしでいいですよ」
「いや、しかし……それならキルヴィ様こそ私どもを呼び捨てにしていただかないと」
「わかったよクロム。これでいい?」
「仕方がないですね、それではキルヴィ。改めてよろしく!」
「やー、お兄ちゃんめっ、なの。スズはしっかりするの。キルヴィさまよろしくですの!」
気がつけば打ち解けあい、仲良くなっていた。まさかラタン姉はこれを考えて……いや、それはないだろうな。
遠くから聞こえるラタン姉の悲鳴の声を聞きながら、3人で仲良く話し合ったのだった。