閑話?:ラタン姉の秘密
夜、皆が眠りについていく中ラタン姉の気配がこっそりとした様子でツムジさんの家から出て行こうとしているのに気がついて、うとうととしていた意識が覚醒する。
こんな夜更けにどこにいくのだろうか?いくら睡眠が必要ない身体だからといっても今日はヘトヘトになるくらい疲れたはずだ。
こっそりと後をつけて行ってみようか?帰って来てからというもの、僕に対する態度が少しだけおかしくなった気もするし……いや、でもただ単に1人になりたい気分なのかもしれない。悩みどころだ。
そうこうしているうちに、ラタン姉はどんどんと離れていく。散々悩んだ挙句、結局僕は少し離れた所から見守る形でついていく事にしたのであった。
◇◆◇ラタン視点◇◆◇
「ん……」
やれやれ。そーっと出て来たつもりでしたが、やはりキルヴィにはバレますか。ボクと違って睡眠が必要な身体なんですから、大人しく寝てくれればいいのに少し後ろをついて来ているのがわかります。
キルヴィのMAP機能ほど融通が効くものではないが、この距離であれば流石に加護を与えた人の情報くらいは読み取れる。恐らくはボクを心配してついて来たのでしょう、その行動にイジらしさを覚えると共に普段からもっとボクのことを思ってくれててもいいのにという気持ちすら湧いてきます。
しかし、困りました。相手がキルヴィとなるとボクの透明化も意味がありませんし、感知を振り切って撒くことなんてまず無理でしょう。傷つけたくもないので当身もダメ、というより果たしてあの子に通用しますかね?
そこまで思考を働かせて、我ながら思わず苦笑してしまう。まだ思考回路が戦闘寄りにズレていますね。ひとまずは平穏な日常に戻ったのですからもっとリラックスしなければ。
うーん、でも……あまりついて来てほしくないというのも事実なのです。
ちょっとした相談事をしに行きたいだけなのですから、訳を話せばキルヴィなら帰ってくれるとは思いますが……その訳を、聞かせたくないんですよねぇ今の段階では。
仕方がない。嘘を混ぜた下手な言い訳をすれば後々自分の首を締めかねませんし、幸いなことにある程度距離をとってくれているのですから相談内容は聞かれないと開き直りましょう。
そう割り切ってボクは足を進める。行き先はリリーさんの泊まっている宿だ。場所には心当たりがないものの、ある程度近づけば彼女の気配はわかる。彼女も精霊なので夜分の訪問にそこまで頓着しないでくれるといいけれど。
「っと、ここですか」
たくさんある中の一つの宿屋の前で立ち止まる。ここはたしかご飯も美味しい場所で、それだけのために首都から泊まりに来る人もいるような人気な宿だった筈です。ツムジめ、なかなかいいところを押さえましたね。
表にいるボクの気配を感じ取ったのでしょう、暫くすると内側から鍵の外れる音がし、リリーさんが扉を開けてくれました。ボクの姿を見てピクリと片眉をあげ、それからキルヴィが隠れているであろう方向を一瞥し、ボクに中に入るようにと顎で促します。キルヴィ、ここで暫しのお別れですね。間違ってもついてこないでくださいよ?
リリーさんの泊まっている部屋に入ると、机の上には手書きの地図が広げてあり、そこに幾つかの矢印や地名が記載されていました。恐らくは華撃隊の人達と帰路についての作戦会議をしたのでしょう。
「あまり見ないでちょうだいね、一応これも軍事機密なんだから」
そう言いながらリリーさんは手早く机の上を片付けました。そして椅子を指差し、そこへ腰掛けるようにと促してきます。それに倣いボクは座らせていただきました。
「夜更けに突然お邪魔してすみませんのです、リリーさん」
「一緒に戦った仲だ、それくらい気にしないよ。それで?わざわざ1人で私のところを訪ねて来た理由はなんだい?」
ボクは布で厳重に包んできた物を取り出し、机の上へとランタンと共に置く。それだけで彼女には布の中身がなんなのかわかったようであった。暫し瞑目した後、包みを解き中身を露わにする。
出て来たのはガラス玉にも見える、魔結晶に似た物。夕方のキルヴィ達とのじゃれあいの時に落ちた、あの石だ。
それを見て、リリーさんは頬に手を当てながら深くため息をついた。
「なるほどね。道理で君から感じる気配が変化した訳だ」
「相談したいのはこの事なのです……相談しようにも、他に頼れるアテもなくて」
ボクの発言に、リリーさんは頭を抱えてさらに深くため息をついた。
「まぁ、君の立場からしたらそうなのかもしれないけども……私も君より少し長く生きただけでこれに関しては専門外だよ?知ってるのも多分君が知識として持っている物と同程度だろうし」
「それでも、相談にのっていただきたいのです。ダメ、でしょうか?」
「あーわかったわかった!わかったからそんな不安そうな顔しなくていいから、ね?」
リリーさんの人の良さに漬け込んだ、我ながらちょっとズルい方法だと思う。やれやれといった感じでリリーさんは机の上に置かれた石を眺めた。
「精霊石……まさか私が目にすることがあるなんて、思わなかったわ」
この石の正体は魔結晶ではなく精霊石という存在だと、ボクの中の精霊としての知識もそう言っています。
これは精霊にとって心臓のような大事な物であり、滅多に見ることができない貴重な代物です。
「一応聞いておくけど、同胞殺しして奪った訳じゃないのよね?」
その言葉にコクリと頷いて返答する。「そうよね、魂が宿ってないもの」と呟いてリリーさんは大きく後ろへと伸びをした。
「今持ってきたって事は、今日この街に帰ってきて別れた後って事よね、それまでは普通の気配だったんだもの」
「はい……ツムジの家で皆と色々と話す機会があって、そこでキルヴィに「僕達が大人になったら結婚してほしい」なんて言われて抱きつかれ、心が舞いあがっちゃったみたいなのです。そしたらボクのランタンから」
「ありゃりゃ、皆の前で出てきちゃったか。なーるほど、そりゃ話しにくい訳ね」
話を聞いていたリリーさんはそう言って苦笑いを零した。やはりボクのこの気持ちは同じ精霊にしかわからないと思う。
これがもしキルヴィだけ、もしくはスズを加えての3人での場面であれば、ボクは正直にその場で打ち明けられたであろう。
この精霊石は、違う事なく今日ボクから生まれでたものなのです。言うなればボクの子どもとして。
ボク達精霊が子を成す為の手段は2つ。
1つは他の種と同じ、人としての営みで宿す方法。とはいえ他の種と精霊とでは身体の作りが異なる為、為そうとした所でなかなか実現しない方法ではある。
そしてもう一つが今回のケース。ボク達精霊というのは、精神年齢がそのまま肉体に反映されるくらい生きる上で肉体よりも精神の方が重要な存在なのですが、その精神が他者とリンクしたまま昂ってしまうとごく稀に今回のように新たな精霊石を生み出してしまうのです。
もちろん、このままでは生命は宿っていません。これが新たな生命となる為には、生み出された時にリンクしていたパートナー……この場合はボクかキルヴィが半年間、毎日欠かさず魔力を流してあげる必要があります。そうしてあげるとやがて魂を宿し、肉体を得る事ができるのです。
聞いてわかる通り両方ともすごい奇跡が起きなければ実現しない物です。
ではどうしてそんな確率が低いのか。そもそも、精霊は自然発生でも勝手に生まれてくるのですから、非効率だろうと全体を通して見れば問題がないのです。
正直ボクの中で実子はできない物だと諦めていました。そんな考えだったのですから、急に現れたこの子に戸惑いを抱いてしまったのです。
そんなボクをリリーさんはじっと見つめながら呟きます。
「まあでも、私からしたら羨ましいって気持ちの方が強くなるかな」
「ご、ごめんなさいです」
リリーさんは乙女の精霊としての性質上、ボク以上に子を成す事は難しいと思われます。こんなことを持ちかけたら傷つけてしまうのはわかっていたのに。
「うんにゃ、謝ってほしい訳じゃないさ。おめでたい事なんだから堂々と胸を張ってりゃいい。私のこれは、ただの嫉妬なんだから」
ああ、それなのに。
この人はこうやってボクを気遣ってくれるのか。
その優しさに心を打たれていると、リリーさんは身を乗り出してボクへと更に言葉を投げかけた。
「で、どうしたい?そっちの方が大事だろう?」
言われて、困る。
ボクにできるのは、この子の事を素直に打ち明けるのか、それとも黙ってこっそりと育て上げるかの2つだ。
授かったこの子を捨てる?そんな事、できるわけがない。
悩んでいるとリリーさんはボクへと決断の助け舟を出してくれた。
「彼には早めに打ち明けといた方がいいと思うよ、あの子のことだ、絶対喜んでくれるっていうのもあるし」
「あるし?他にも理由があるのですか?」
「レアな素材と勘違いして使「ここに呼んで今すぐにでも打ち明けます!」おお早い」
嬉々としてなんかの実験に使いそうな姿がありありと想像できてしまいました。この子にそんな事絶対にさせません。
リリーさんの言葉を背に部屋から飛び出し、キルヴィの場所まで駆けつけると当の本人は尾行がバレていた事と突然どうしたのかと目を白黒させていました。
特に声もかけず、すっかり大きく成長してしまったキルヴィの手に、いつまでも変わらない自分の小さな手を重ねてリリーさんの元へと向かいます。迎えたリリーさんはなんだか悪い顔をしていました。
「や、こんばんはキルヴィ。ふふ、何が何だかわからないと言った顔をしているね?でも、これからラタンちゃんから聞かされる話にはもっと驚かされるんだから、覚悟しときなさいな」
「夜更けにうるさい」と、リリーさん共々宿を叩き出されたのは致し方ない事でした。




