言葉なき帰宅
雪遁走術のできない生存者を引き連れたサチさん達に追いつくのは難しいことではなかった。突如として近くに現れた僕達に一瞬身構えた彼女達であったが、それが僕達だとわかると途端に安堵の表情を見せる。
「隊長、ご無事で何よりや。もう済んだので?」
サチさんから質問されるとリリーさんは「ああ」と短く返答し、僅かに殺気をのせながら生存者達へと向き直る。突然襲ってきた脅威に、生存者達は身をすくめただただ震えるしかなかった。
「これから起こることは我々の機密事項だ。故に君達には目を瞑り、耳を塞いで口も閉ざしてもらう。もしこれに関することが流布されようものなら命も失ってもらうので覚悟されよ」
いいな?とさらに圧をかけると、生存者達は青い顔でブンブンと縦に首を振った。中には気絶する人もいたが、その方がうっかり失言することもなく気が楽であろう。
「さて、では頼む」
「わかりました」
リリーさんにお願いされたので早速転移を発動させる。行き先はもちろん、スフェンの街だ。空間が歪み、目の前にいきなり街が現れた時の彼らの動揺は凄いもので、さらに何人かがなんとか繋ぎ止めていた気を手放したくらいだ。
「ようやく、ようやくここまで帰ってこれましたね」
緊張の糸が切れたのだろう。ハフゥ、とヨッカさんが道端であるにも関わらず尻餅をついた。それを気遣うようにサチさんが身を寄せてうんうん、と何度も頷く。
「今日まで皆よく頑張ってくれた。全員無事で、と言えない事がとても悲しいことではあるが今日のところはもう、休息をとろう」
「それならば宿が必要でしょう。部屋を用意するように系列や知り合いに声をかけてきますので、私はこれで」
リリーさんの激励の言葉にやや食い気味にツムジさんがそう答え、脇目も振らずに街の方へと駆け出していった。
「……彼にこそ、本当はしっかりと休んでもらいたいものなのだがな。覚悟を決めろと言った手前、引き止めるのは筋違いなのだろうな」
ツムジさんは娘を討つ事でケジメをつけると言い、しっかりと有言実行してみせた。だが同時にとてつもない精神的なダメージが負った事だろう。かなり無理をしている状態だろうにそれでもああやって動いてくれるのは、気を紛らわせたいと言うのもあるかもしれない。
「ヨッカさんはどうする?すぐにグリムの方に戻るかナギさん達のところに寄ってから帰るか」
「そうですね、知らない仲ではないので……私も報告に同席させて下さい。グリムの子達に話を聞かせる上でも、認識の差を埋めたいですし」
それからしばらくして、ツムジさんが戻ってきた。どうやら無事に部屋を確保できたらしく、リリーさん達の先頭に立って案内を始めた。僕達も後ろをついていき、それぞれが宿に入って行ったのを確認した後にはいつもの面々だけが残っていた。
ツムジさんは懐を探り、大事そうにイブキさんの髪が入った袋を取り出す。しばらくそれを眺めていたが、やがて家に向かう道へとゆっくりと足を進めた。声をかけようかと思ったが、ラタン姉に止められる。
「今ツムジはイブキと会話をしているのです。ボク達が水を差すような事、してはダメですよ」
それは声のない会話。この道を通るのだって、この親子からしたら数え切れないほど通った事だろう。それを今思い出し、噛み締めながらツムジさんは歩いているのだと。
イブキさん、貴女は心を失うほどウルのことを思っていただろうけれど。貴女を想い、心を痛めてもなお進む人がとてもすぐ傍にいた事には気がついていましたか?
寂しげな背中を追いつつ、そんな事を考えてしまった僕に記憶の中の、4年前のイブキさんが無邪気そうに笑う。その胸中を伏せながら。
「あなたっ!」「お父さん!」
先程走り回った時に知り合いの人が気を利かせたのだろう、家の前にはヒカタさん達が僕達の到着を今か今かと待ち侘びており、姿が見えるや否や駆けつけてきた。
「おお、ただいま。よかったなイブキ、2人が出迎えてくれたぞ」
その発言に一瞬期待をしたのだろう。2人の視線はイブキさんの姿を探して彷徨った。そして、ツムジさんが愛おしそうに手にした袋に話しかけているのを見てすぐに悟ることになった。
「ああっ……!ああっ……!おかえり、おかえりイブキ!」
「お姉ちゃんおかえり……随分と、物静かになっちゃって……!」
そうして3人で、いや4人で抱きしめ合い泣き崩れる。武器屋のお兄さんは久しぶりの家族揃っての団欒に遠慮をしたのだろう、娘を抱えて一歩離れた場所で辛そうな顔をして立っていたが、かぶりをふり僕達に「ここでは何ですので家の中へ」と案内をしてくれた。
「うーん、あの様子から後日出直した方がいいかとも思いましたが、最期を知っているボク達もちゃんと今、説明してあげた方が良いんですかね?」
「そう、だね……今回接触が多かった僕やスズちゃんからも話した方が、見えてくるものがあるかもしれないね」
こうして、3人が少し落ち着いた頃を見計らってからツムジさんの家にお邪魔させていただいたのであった。




