アムストル決着
もうもうと立ち登る雪煙。ウルはその中心で大の字になって倒れていた。クロムによって斬り飛ばされた足からは血ではない、何か黒い液体が辺りへとしみ出し、断面から砂のように崩れていく。
「身体が崩れていく……何故だ……何故僕が負けたのだ」
顔が見えるところまで近づくと、彼はそんな事をまだ言っていた。それに対し、髪がすっかりと短くなったスズちゃんが杖をさし向けながら応える。
「私が間に合ったこともあるでしょうが、なによりも1人になってから戦った事じゃないですか?」
ウルは只の1人で僕達全員を追い込めた。だが、それは裏を返すなら今一歩足りなかったという事だ。その足りない部分を補える何かが、誰かが居たのならば。
例えばイブキさんの催眠術や幻術があったのならば。
例えばガーランドの守りを崩す戦闘術があったのならば。
このどちらかが残っていたのなら、スズちゃんが間に合ったとしても僕達は負けていたのだろう。
「ふ、ふふふ……よもや天使や使徒がマ族でもない半端者の子らに打ち負かされようとは、先達たちも思いはしなかっただろうて。キルヴィ、わが義弟よ。見ての通りもう僕には戦う力はない、近くに来てくれないか?」
「キルヴィ様、わかっているとは思いますが駄目ですよ……って!?」
スズちゃんの静止の通り、近くに行ってはいけないと僕自身もわかっていた。というのに、僕の足は彼の元まで進んでいった。かがんで顔を覗くと、彼は手を伸ばしてきた。
「ああ、僕の義弟よ、マ族の末裔よ。願いを聞いてくれてありがとう。君の描く結末を僕も見てみたくなった。だからコレは、ほんの餞別だ」
ウルはそういうと、僕の目にある魔結晶を撫でる。一瞬違和感が全身を襲ったが、すぐに消えた。その様子にウルはフッと笑ったように見えたが、次の瞬間には分厚い壁が僕とウルの間に形成された。
「大丈夫ですか、キルヴィ様!」
スズちゃんが息を乱しながらそう尋ねる。壁だと思ったそれはウルを厳重に囲った結界のようであった。幾重にも重なり、目ではっきりと見える程であった。
「やれやれ、既に死に体だというのに手厳しい、ことで」
「五月蝿い、スズはそんな言葉で惑わされないですよ!キルヴィ様に何をした!」
「なに、ささやかな贈り物、さ」
結界はウルを中に閉じ込めたまま次第に折り畳まれるように小さくなっていき、そして中身もろとも砕けて、後には何もなくなった。スズちゃんがやったのかと顔を見ると、信じられないといった表情をしていた。
「嘘、今の結界を乗っ取られた!?なのにどうして自壊なんかしたの、そこまでして何か隠したかったっていうの?……ラタン姉、キルヴィ様に鑑定してみて!」
「わ、わかりましたのです」
ふざけている場合ではないからだろう、ラタン姉の鑑定は変な音や光が出る物ではなかった。しかしーー
「んー?特に、変わった様子は……あれ、キルヴィいつの間に歳が増えていたのですか?あれ、記憶違いでしたっけ」
という、よく分からないものが返ってきた。誕生日はとうに越えているのだから年齢は増えているだろうと思いつつも尋ねてみると、13と返ってきたので確かに多くて首を傾げる。
「ああ、キルヴィ様の年齢はそれで合っていると思います。しかしそうですか、それ以外特に異常はない、ですか」
スズちゃんが考え込むようにそう言う。どうやら年齢認識の齟齬について何か知っているようであった。
「何はともあれ、生き残れたんだ。難しいことはなしに今はこの勝利を喜ぶとしよう」
辺りを未だ警戒していたリリーさんが武装を解きながらどかりと座り込む。
「キルヴィ様キルヴィ様キルヴィ様!!」
その様子を見て緊張の糸が切れたのか、ガバリと抱きついてぐりぐりと頭を寄せて甘えて来るスズちゃんに僕はされるがままになった。撫でてほしいとせがまれるので頭を優しく撫でる。
先程は戦闘中ということもあって落ち着いてみることはできなかったが、スズちゃんはたった半日で随分と姿を変えていた。
身長こそそこまで変わっていないようだが、あどけなさが控えめになりぐんと大人っぽく美しく成長し、かわいいというよりは綺麗という言葉が似合う女性へなっていた。
「スズ、その髪は……」
「これ?心配しなくても大丈夫だよラタン姉。髪ならまた伸びるから」
見た目で1番の変化は、あの手触りが良く、長く美しかった黒髪がバッサリと切られ、ショートヘアーになっていたことだ。決して似合っていないわけではないのだが、今までの印象とのギャップがすごく驚きが隠せない。
「いや、それにしても……ってスズ?いい加減キルヴィにベタベタするのを控えるのです」
「やだ!たくさん我慢したからもう少し!」
「たくさんって。半日我慢したくらいならボクのほうが長く我慢してますよ?」
そう言われたのだが、一向にスズちゃんに退く気配は見られなかった。むしろ、より一層抱きつく力が強まったようにすら感じる。それに対しラタン姉もムッとした顔になり、反対側に寄ってきて無言でもたれかかってきた。むぎゅう。
「そういえばキルヴィもそんな感じでちょっと目を離しただけでいきなり成長したよね。年齢の件も合わせると、スズももしかして同じ事が起きた?」
クロムが僕達の様子に苦笑いしながら、顎に手を当てそう尋ねる。そう言われてラタン姉がスズちゃんにも鑑定をかけてみるとクロムの想像通り年齢が一つ加算されていた。
「うん、そんな感じ。キルヴィ様はぼんやりとしか覚えてないだろうって聞きましたが、スズはちゃんとあっちの事も覚えてます」
確かに、あの時何かあった気がする。
「話したいことはたくさんあるだろうが、帰ろう。先行したサチ達も不安がっているだろうし、な」
何となく気になるので当時のことを必死に思い出そうとしているとパンパン、と手を叩き話を一旦中断するように促すリリーさん。僕達は謝罪を述べたのであった。
さあ、帰ろう。僕達の家に。




