書の中のスズちゃん5
「ああいや、結局話が逸れてきとるの。ベルスト暦の発足はジペトの何年頃の話になる?」
「確か、680年ですかね。700年に合わせた方がいいって私は言ったんですが、浸透するのにそれくらいはかかるってのと人間の代表、王になった奴ですがそれの老いが心配されてバタついたんですよ」
「となると、ワシが現世を離れてから600年か。たったそれだけの年月でマ族の血は他の種族に馴染み、薄れていったのじゃな……」
600年。私にとったら途方もなく長い年月に聞こえるが、彼らにとったらたったと冠に着く程の年月に過ぎないらしい。
「些か駆け足過ぎましたがね。世代交代を早くさせたが為に代を重ねる毎に種族を越えた結束は薄れ、心は揺らぎ、一つにまとまっていた国は分裂してしまった」
リゲルさんは現在に至るまでの情勢を、キルヴィ様に至るまでのイレーナの名を継ぐものを力の受け継ぎを通して眺めてきたのだと言う。
「私達立ち上げのメンバーが残存の時には目を光らせていましたがね、友と分かち合った地ってのは親から譲り受けた地に変わり、先祖代々の地になってしまえばあとは自分と姿の異なる隣人が気になってしまうんでしょう」
「争いは人のサガじゃが、虚しいものじゃな。とはいえ、今のでやはりおぬしに聞けば間違いないとわかったぞ。その長い情勢の中で、天使像の話は聞いたことはあるかの?」
「天使像とは、中々物騒な名前が出てきましたね。そんなのが伝わってきたら嫌でも記憶しますよ」
リゲルさんはその竜面の額に深く皺を寄せる。余程嫌な物らしい。
「じゃろ?どうもおぬしの子孫のアンジュとやらが子供の頃に買ったらしいのだがのぅ、何か覚えがないか?」
「なんですって?力の受け継ぎをした時にはそんな話聞こえてこなかったんですがね……奴らの事だ、アードナーっていう事を察知して上手く誤魔化したか」
「今の子には一体何が物騒なのかわからんらしい。良いかスズ、使徒の話はさっきしたじゃろう?その使徒の、下位尖兵に当たるのが天使と呼ばれるものの正体じゃ」
使徒の下位尖兵と言われても私にはすぐピンとこなかった。しかし、使徒を知るという二人の様子から少なくとも良いものでないことだけは理解した。
「して、その天使像……生きておるな」
「えっ!?で、でも幼い頃にアンジュ様に断って実際に触った事もありましたけど本当にただの石でできた像でしたよ?」
生きていると言われて思い返してみても、ゴーレムのような魔法生物ではないと考えてしまう。しかしアミスさんは私の心を読むことで一つの仮説を組み立てたようだった。
「お主が触った時には、其奴はその像の中にいなかったのであろうな。身近に心を蝕まれた者がいたそうじゃが、その近くになりを潜めておったのじゃろう」
言葉が詰まる。彼女は、狂おしい程の恋によって心を蝕まれたと思っていた。いや、それも少なからずあったのだろう。
ソイツはそんな心をも利用したのだ。到底許せるものではない。
「待てよその娘……この書を使ってそこのリゲルの末裔の死者蘇生を成した、というのか!?天使像を持っていたという娘が?何という事じゃ、ワシが奴らに利用される事になるとは!」
「なんだと!?」
アミスさんが取り乱し、リゲルさんもまたその言葉に目を見開いた。
「どこからじゃ……!どこから其奴の思惑通りというのか!アンジュとやらから?いや、それを天使像として売ったという商人すらか!?」
その様子に訳がわからないまま、どんどんと不安が募ってくる。
「マズイな……アンジュの子ウルという名前がその天使の名前だとすると、其奴はいいように周囲の人間を惑わし、マ族の身体を手にしたというのか」
「名前が同じだとどうしてそうなるんですか?」
「信仰を力の糧にすると言ったじゃろ?それを慕う者がいれば信仰の復活につながるのじゃ。くっ、思ったよりヤバい状況じゃの!スズ、今覚えようとしている物を発展させ、さらに人に使えるように調節した物をおぬしに授ける!おぬしの想い人のを助けたいというのなら今からできる限り早く習得せよ!」
そうして手を差し出して、山のような資料を渡そうとしてくるのをリゲルさんがギョッとした顔で見つめて止める。
「お、落ち着いて下さいよアミス様!これ正攻法で身につけようとしたらどれだけ時間かかると思ってるんですか!」
「三ヶ月じゃ!」
だめだ、切羽詰まっているのであれば既に接触、対峙している場面にある今全てが手遅れになってしまう!
『今の私達に負ける理由がないわ。そして貴方が出てきた頃にはキルヴィ達の魂も食べた後。願った時以上の力を手に入れてるから貴女はなす術もなく絶望しながら食べられるのよ。ふふ、貴女の泣き顔を見ながら食べることが今からとても楽しみだわ』
イブキさんの言葉が出てきて、自分の無力さを知り思わず涙が込み上げてきた。
だめだ私、泣いてる場合じゃ、ないのに……!
「……はぁー、アミス様。これじゃこの子が可哀想でしょうよ。私の空間術に外界との時の流れの差を作る技があります。私の空間に送るか、ここの空間一部明け渡してもらえませんか?」
見るに見かねてといった様子でリゲルさんがそう言ったのに、どうにかなるかもと少し安堵してしまいさらに涙が溢れてしまったのは、仕方のない事でしょう。




