冬のある一日
12月下旬、ある朝の日。
「いやー、積もりに積もったのです」
ここ最近は冬が本格化し、吹雪で外にも出られない日々が続いていたが久々の晴れ間となった。ここのところ僕への座学ばかりで退屈しきっていたラタン姉は早速防寒着を羽織り外に飛び出していった。
他の色のない真っ白な世界に自分の足跡をつけてまわり、しばらくしたら顔からダイブして自分の型をとって遊び始めた。
「やれやれ、あのはしゃぎっぷりが見えるかい?落ち着きのないのは変わらないねぇ。これじゃあんたの方が大人に見えちまうよ」
自分の防寒着と子供用の防寒着を抱えてアンジュさんが隣にくる。少しソワシワしてるように見えるのは、なんだかんだで久々に外に出れるのでアンジュさんも嬉しいのだろう。
そんなアンジュさんに飛来する白い塊。ボスッという音とともにアンジュさんの顔にぶつかった。雪玉を投げつけてきたのはラタン姉だった。すっかりテンションが上がっている。
「雪投げしましょうアンジュ、キルヴィ!ボクに勝てますヒィ!?」
言葉尻が悲鳴になり、調子に乗っていたラタン姉の顔が青く恐怖に染まる。振り返るといつかツムジさんがしていたような、笑顔だけど目だけが笑っていないアンジュさんの顔が見えた。ジリジリと後ずさりを始めるラタン姉。一方でその場から歩いてないのに存在感がどんどん大きくなるアンジュさん。
いつの間にかアンジュさんの周りにはいくつかの雪玉が宙に浮いていた。これも魔法なのだろうか。
「ラタン?どうしたんだいまったく、雪合戦するんだろう?早く遊びましょう?ネ?」
雪玉の数が増えていく。ゆうに30はあるだろう。
「全面降伏します!命だけは、命だけは勘弁してくださいです!」
両方の手をあげ降伏を宣言するラタン姉。自分でちょっかいかけておいてそれはないと僕でも思う。雪玉は増えていく。
「はっはっは、何をいってるんだい面白いねぇ……許すわけないだろう?」
アンジュさんの下した判定はギルティ。
次の瞬間にはズドドドド!という音とともに身体中が真っ白になって倒れ込んでいるラタン姉がいた。
「さあてキルヴィ、静かに遊ぼうか。キルヴィはかまくらって知ってるかい?」
いつもの笑顔でアンジュさんが振り返ってくる。直前の行動からか声が出なかったので仕方なくブンブンと首を振って応えると、アンジュさんは実にうれしそうにつくりかたを教えてくれたのだった。
◇
「いつも思うのですが、みんなボクに厳しすぎやしませんか!?ねえ、キルヴィ?」
外で遊んだことですっかり身体が冷えてしまったので、まだ昼間だがお風呂に入ることになった。さっきの応酬で雪まみれになっているラタン姉は湯船に居ながらガチガチと歯を鳴らし、憤っている。
「アンジュさんのあれも魔法なの?」
あえて聞かなかったことにし、先ほどのことについて逆に聞いてみる。
「……最近キルヴィのスルースキルが上がってますです、絶対アンジュとツムジからの悪影響なのです。そうですよ、あれも魔法なのです。アンジュはちょっと特殊な、雪の魔法が使えるのです」
「それがわかっててなぜアンジュさんにちょっかいをかけたのかこれがわからない」
「うっ、うっかり忘れてたのです!じゃなきゃしないのです」
バシャバシャと湯船の中で暴れるラタン姉。
「でも、いいなぁ。僕魔法使えないからなぁ」
しゅんとなる僕を気にしてかとたんに静かになり、こちらをうかがってくる。
「そんなこと……MAP機能とやらも魔法に入ると思いますよ?」
「そうだけど、そうじゃないんだ……こう、2人みたいにバーッ!とかズドドドド!とかやりたいんだよ」
「あらあら、キルヴィも男の子なんですね……でも、キルヴィなら問題なくできると思います。適性が何にあるかはわからないですが使えると思いますよ?」
「それこそやり方を教えて欲しいな」
「そんなら初歩的なやつを。手のひらをよく見ててください」
向かい合った姿勢で湯船から手を出すラタン姉。
「これは何もしてない状態なのです。キルヴィ、ろうそくの火を想像してください。そして体の中心から熱を感じるのです。それを手に向けて送り出すよう意識すると」
ぽんっ、と軽い音とともに手のひらから小さな火が浮いた。
「これならたとえ火に適性がなくても使える魔法のはずです。スキルとして分類すらされてない初歩的なもので、俗にいうなら生活魔法というところですかね?使い勝手がいいので冒険者ならまず覚えてます」
キルヴィの望んでいる攻撃性はなく、少し経つと消えるんですがねとラタン姉が続けた頃には確かに消えてしまっていた。そしてちゃぽんと再び手を沈めた。と思ったらその手で湯船に引き寄せられる。
「気を詰めず、のんびりとやってみるといいのです。何にも慌てる必要なんかないのですよ」
いつもみたいに後ろから手を回す姿勢になる。ちょっと恥ずかしいが、これが一番安心する。
先ほど説明されたようにろうそくの火を想像し、熱を手のひらへ意識してみる。しばらくするとぽっ、と指先に火花が咲いた。ラタン姉の先ほどの火よりもだいぶ小さく、ついたと思ったら一瞬で消えてしまう。
「んっ、少し魔力が弱いです。もっと込めてもいいのですよ」
言われて熱量を増やし手に送る。
ぽんっ。今度は遜色ないものが出せる。
「さすがボクの自慢のキルヴィなのです」
グリグリと頬ずりを始めるラタン姉。こそばゆい気持ちになる。
「ラタン、キルヴィ?長い風呂だけどのぼせてないかい?」
外からアンジュさんの声がかかる。大丈夫だとラタン姉が返事をし、出ましょっかと微笑みかけてくる。
気がつけばいつかのぞみ憧れていた幸せな日々で。
こんな日々がずっと続くことを願うキルヴィなのだった。