対幻術戦
「まったく、ここは私に任せろー!とか言いながら1人殺せただけとか期待外れだよねー?」
ふわふわと空中を漂いながら、そんな事を言ってのけるイブキさんにリリーさんをはじめとする華撃隊の面々が怒りの視線を向ける。今にも攻撃を仕掛けんという剣幕だ。
「きゃー、熱烈な視線をありがとー!お返しに私の世界にごしょうたーい」
人すら殺せそうなさっきを一心にうけつつ、まるで応えてない、戯けた態度で眼帯を外す。空洞であったはずの眼窩に赤い光が灯っているのが見えた。いや、それよりもまた幻の世界にすり替えられる!?
◇◆◇
ウルさん達との対決から数ヶ月が経った。今回のはアムストルの時と違い、イブキさんみたいな昔から知っている家族みたいな人だったり、僕に因縁を持っている敵の将軍だったりとすごく辛い盤面だった。そして、少なくない犠牲を出してしまった……グリムメンバーとの会合の後、そんな事を考えていたらすっかり日も暮れてしまったな。はやく愛しい我が家に帰らないとと思い、転移を使って帰宅をする。
「ただいま」
「あ、キルヴィおかえりなさいなのですー!」
扉を開けると待ち構えていたラタン姉に抱きつかれる。それを優しく抱きしめ返しつつ、すっかりと広く、静かになってしまった屋敷内に入る。
あの決戦で、僕はラタン姉以外の仲間をみんな失ってしまった。セラーノさんを失った結果、グミさんとカシスさんは泣き崩れ、冬が明けると共にこの家を離れていった。ニニさんとトトさん、ルルちゃんはまだこの屋敷に残っているものの、ギルドのツテを頼り近日中に出ていくらしい。
せっかく出来た住人が離れていく現状にアンちゃんはすっかりと塞ぎ込んでしまった。たまに見かけはするが僕を見るたびに悲しそうな顔になり、走って逃げていってしまう。
「だいぶ疲れてますね……貴方は頑張りましたよ。今はもう、何も考えなくてもいいのです。ボクと一緒に、この静かな屋敷で余生を過ごしましょう?」
ね?というラタン姉の言葉にそれもいいなと頷きかけて、ぴたりと止まる。僕のせいで皆を失ったのだ、そんな事許されない。少しでもこんなことがなくなるように、グリムの動きを活性化させなければ。
今後の準備をするために抱きしめていた手をほどき、自室に向かおうとすると何故かラタン姉に引き止められた。
「どうしたのラタン姉?部屋に戻ろうかと思ってるんだけど」
「駄目です!キルヴィはまた無茶をしようとしています!」
「違うよ、僕は僕にできる事をするだけさ」
「なら!ならせめてボクも連れて行って下さい!ずっとこの屋敷で留守番だなんて、辛いのです!」
ラタン姉は泣いていた。ぐしゃぐしゃになった顔でボクにそう訴えてきた。
「駄目だよラタン姉、僕はラタン姉まで失いたくはないから、ラタン姉には安全なこの家に居て欲しいんだ。どうかわかってほしい」
「ボクは!ボクは貴方に守られなければならないほど弱く見えますか!?ボクにとっても貴方までいなくなってしまったら、とても生きていけないのです!」
尚も追い縋ってくるラタン姉の手を悪いと思いつつもやや乱暴に振りほどき、縮地で自分の部屋へと逃げ込む。すぐに追いついてきてドアが叩かれるが、それを無視してスクロール作成のために机に向かう。叩く音はやがて弱く、啜り泣く声へと変わっていった。時間が経ち、とぼとぼと離れていく気配を見て、深く溜息を吐く。
「はは……何やってんだろ、僕は」
また、何も守れなかった。そんな思いが心を押し潰していく。いずれ戻るといったスズちゃんも、あれからなんの変化がないということはつまり、そういうことなんだろう。楽しかったあの頃を懐かしみ、スクロールを描く手を止めて机の上に置いていたあの本を手に取りーー
◇◆◇
バチッ!
「痛っ」
腰元をぶん殴られたような、思わず顔を顰めるほどの鈍い痛みと共に、僕の意識が覚醒する。ジンジンと後を引くので、そこについていた道具袋を開ける。中にあったのはスズちゃんが封じられた本だけであった。
「戻って、きた……?」
思わず呟いてしまう。今のは幻術だったのか。いや、しかし対策がなかった場合訪れてもおかしくない未来に違いない。
ガシャン、と物音がしたのでそちらを向くと、華撃隊の1人が手にしていた武具を放り出し、虚な目で立ち尽くしていた。
いや、1人だけではない。見渡せばリリーさん、ラタン姉、ガーランドを囲んでいたクロム達やそのガーランドすらも、敵味方を問わず武器をおろしてぼーっと突っ立っている。
どうやら、幻術にかかっているとこんな無防備な状態になるらしい。自分だけ解除されているのと、先程の痛みを鑑みるに、これはスズちゃんに助けられた?
暫くふわふわと漂っていたイブキさんだったが、全員が幻術にかかったと認識したのであろう。不敵な笑みを浮かべながら降りてきた。
「ふう、一安心かな?なんかウチの脳筋にもかかっているみたいだけど無視無視。真っ向から戦えば私なんて勝てないんだから」
何やら溜息混じり、愚痴混じりだ。珍しく油断しているのだろうか、それとも疲れが溜まっている?
「あー、いけないいけない。とりあえずそのまま意識を深みに落としていこう」
そう言うと目を閉じ、魔力を乗せた言葉で歌うように語り始めた。語る内容はまさに夢物語。僕が見ていたのは早く醒めてほしい悪夢にしか思えなかったが、こうやって夢に捕らえる方法もあるのか。
「ーーこうして、長い長い旅を終え、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。あーもう、ウル君の腐海はまだかしら?」
まだ気付かれていないので設置魔法で罠を各所に設置。あのぼやきの内容からして、天候操作を維持しておけば、氷結に弱いあの黒い水の攻撃も妨害することができるかもしれない。
「仕方がない。相手は動かないんだし1人ずつ殺していくしかないかー。まったく、こういう時にガーランドが動けばうまく役割分担ができてるって言えるのに!」
ようやく目が合う。視線が周りを2、3度逡巡して「嘘、効いていない!?」と叫んだ。余程自信があったのか、凄く動揺している。
あんな未来を歩まないためにも、やはり今ここで倒さなければ!




