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MAP機能で世渡りを  作者: 偽りの仮面士
2区画目 少年時代
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書の中のスズちゃん1

 心配からか顔が真っ青になっているキルヴィ様の顔に心が締め付けられつつ、言葉を紡ぐ。


「時間はかかりましょうが、ご心配なさらぬよう。私は必ずキルヴィ様の元へ戻ります」


 キルヴィ様は驚きつつもこちらの指示に従ってくれたことから、想いは伝わっているのだろう。現世での身体を本に回収できた事でようやく彼への負担を少しだけ減らせたと考え、それでも心優しい彼のことだからより一層心配かけてしまっているだろうなぁと気が重くなる。その苛立ちを、同じくこの世界にいたこの状況を生み出したであろう存在にぶつけたくなるのは仕方のない事だろう。安心するようキルヴィ様へ二言三言かえし、意識をそちらに向ける。


「それで、どういうつもりなんですか……イブキさん」


「まあ警戒するな、っていう方が無理な話よね」


 自分でもわかるほどの鋭さがある言葉に対し、近くを漂っていた、ぼんやりとした輪郭が見知った姿を形作る。かつてともに笑いあうことのできた、今はもう敵であるはずのお姉さんは少し寂しげな表情をして肩をすくめた。


「本来なら、サクッと死んでもらうかイブキとしての私が貴女を決して覚めることのない悪夢の世界へと落とし込んでキルヴィを絶望させるかって予定だったんだけど、事情が変わってね。こうして私と君の会談がなったというわけ」


 さらりととんでもないことを言われゾッとする。こうして抵抗できず相手の術中にハマっている以上、力量差は明らかであった。あの時……再開を果たした時には微塵も感じなかったというのにいつの間にこれだけの力を手に入れたというのだろうか。


「それならばこうしてわざわざ私をキルヴィ様と隔離した訳はなんですか?」


「この世界はあの世界にあって、あの世界にあらず狭間にある世界」


 私の質問に対し、ズレた回答が返ってくる。


「私が手に入れたこの本、冥府の書は対価をもって願いを叶えてくれる書なの。私の右目と、子供を対価に私はウル君を蘇らせた。今回、私たちは強い力を得るために敵対している知人へ力を与えなければならない対価が課されたのさ、願った分の力を、抑止するだけの力をね」


「その抑止力を与える対象というのが、私と言うわけですか」


「その通り。この冥府の書は選ばれた者がそれ相応の力を得るまでの間、身の安全を保証すると同時に逃れることのできない逃げ場のない牢獄にできる」


 ああ、だから肉体を収納できたのかと納得する。冥府と名前こそ恐ろしいが外界と隔絶されたこの世界は確かに安全だろう。


「キルヴィをあれ以上強くさせるなんて論外でしょ?ラタンさんもあのなりだけど、なんやかんや歴戦の勇といった感じで強いし、クロムは人間とはいえ男で伸びしろがある」


「その点、ただの人間の女である以上、一番最初に戦力外、それどころか足枷になるのはスズだからね」


 女だから。そんな言葉が他でもない男顔負けのやり手であったイブキさんから聞くことになろうとはかつての私は想像だにしなかったろう。


「教えるまでもないよね?スズにももう訪れてる頃だしまだだとしても知識くらいはあるでしょう。女ってだけで戦力外にならざるを得ない日があることを」


 思い出されるのはいつかの女性陣の集まり、ガールズトークの会話。個人差があり私のは回復魔法でなんとか誤魔化せるものの、万全とはいえない状態を強いられる日が確かにできてきた。


「それの延長線上、子供を身籠った時には?戦線離脱をせざるを得ないよね。子育てだって待っている。ほら、普通の人間の女である以上、スズの戦士生命は貴女が考えているよりもずっと短いんだよ」


 女として先を歩いてきた先達から突きつけられる現実。ラタン姉やリリーさんは教えてくれなかった。


 いや違う。ニニさんを、カシスさんを、そしてナギさんや本屋のお姉さんを見てとっくにわかっていたことだった。あんな身体で、身につけてきた技術や筋肉も失って、戦線に立てる訳ないって見せてもらってきたことだ。


「この体になってからというものの、私はそんな普通の女っていう束縛から解き放たれた。もっとも、新たな命に対して対価を設定できないみたいだから一つ夢も潰えた訳だけどね」


 それは、自分では子供はもう望めないという事なのだろうか?イブキさんの顔が少し寂しそうに見えた。しかしすぐに表情が薄寒い悪意の見える笑顔に変わる。


「そういった訳でスズはこの戦争が終わるまでこの安全な世界に閉じ込められてればいいよ。身につくまで少なくとも数日か……いや、もっとかかるだろうしね。そうすれば他の仲間よりも少しの間だけ生き延びられるよ?」


「まさかキルヴィ様達と戦って勝てるとでも?見くびりすぎではないですか?」


「それこそまさか。今の私達に負ける理由がないわ。そして貴方が出てきた頃にはキルヴィ達の魂も食べた後。願った時以上の力を手に入れてるから貴女はなす術もなく絶望しながら食べられるのよ。ふふ、貴女の泣き顔を見ながら食べることが今からとても楽しみだわ」


「それは叶えることができなくて残念です。イブキさん、知らないうちに悪趣味を極めてきましたね」


「あら褒めてくれたのね、ありがとう……私が干渉できるのはここまでか。持ち主だっていうのに相手がどんな力を手に入れたか見ることができないって不便よねぇ。それではそれでは、ご機嫌ようスズ」


 いいたいことをいいたいだけ言って、イブキさんは消えていった。そして入れ替わるようにして空中に現れる、対抗するための術式。


「いいでしょう、受けて立ちますよ」


 早速術式を解読しつつ、誰もいなくなった虚空に向かってそう返す。


 イブキさん、私の学習能力を見くびりましたね?絶対にこの戦争中に帰っていってやりますからね。

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