スズちゃんとの侵攻⑤ 魔法
さて、これで侵攻再開できるわけだが……先ほどの黒い水の範囲がかなり広く、近辺の生存反応はほとんど消え失せてしまった。
範囲内の砦で健闘していた兵士達の反応も、今や風前の灯火といった有様であった。一つ、また一つと反応が消えていく。
「どうしようかスズちゃん、確認作業をしないといけないから立ち寄っていかないといけないけど、生存者は助けるべきかな?」
「私にそれを振りますか」
相手はただの村人ではない、兵士なのだ。回復したところで僕達の進行に厄介事が含まれるようならば、仕留めるか見捨てたほうがずっといい。
「うーん……直接敵対していたわけではないですし、なんとなく目覚めが悪いですから助けられる範囲は助けていきましょう」
スズちゃんは眉間にしわを寄せながら少し悩んだ後、こう結論を出したのであった。頷きつつ、最寄りの生存反応がある砦へと足を向けた。もう反応がないところは戦闘のみの可能性だってあるので後回しだ。
縮地で飛んだ先には骨が散らばっていた。すぐに身構えたが、どうやらアンデットではないようだ。このまま放置するとマズイので、スズちゃんをボクに抱きつかせて移動しつつ火で燃やしていく。
近くに散らばっていた遺品に違和感。ノーラのものではない、ドゥーチェの紋様の入った鎧もいくつか、そこには転がっていた。
もしや黒い水はアンデットに対しても効果を発揮するのか?そういえば、今日になってからあの黒い水以降、アンデットは一度も遭遇していない。手際よく片をつけながら、辺りを見渡す。やはり、いない。
ああ、そうか。使ったことが少ないから、すっかり頭から抜け落ちていた。
あの黒い水は範囲魔法以外の何物でもなくて、範囲魔法とはそこにあるものすべてを対象に別け隔てなく影響を与えたのだ。改めて自分が使える範囲魔法の恐ろしさを認識し、その破壊力を目に留める。
やがて砦に辿り着いたが、生体反応はもはや1つのみであり、それも弱々しくいつ消えてもおかしくないものであった。大きな声で侵入する事を報告し、その人がいるところまで駆けつける。
その人はこちらに背を向けながら、部屋中の机や椅子を集めて小高くしたところで座り込んでいたように見えた。
いや違う、彼には膝から下が存在しなかった。結構ギリギリのところで水が消えたらしい。断面からはとめどなく血が流れており、失血死寸前である。意識も朦朧としており、こちらの呼びかけに気がついているのかも怪しかった。
スズちゃんがすぐに治療に当たる。緊急時に備えてラタン姉から命の灯火の魔法についても学んだらしく、言い方は悪いが成功するかどうかの実験材料ができてくれた様なものだった。
「聞こえているかどうかはわかりませんが寿命が減ったと文句は言わないで下さいね?」
スズちゃんがそう呟き、魔法を放つ。命の灯火の効果でどうなろうと、元よりここで尽きかけていた命。僕がこいつに文句など言わせるものか。
柔らかく、それでいて何処か恐ろしくも感じる光が死に体の彼を包み込む。この魔法を見るのはこれで2回目であるが、部位欠損をしている所が無理矢理治っていく様はあまり見ていて面白いものではなかった。
やがて光が収まると、そこには五体満足の彼がぼんやりとした様子で佇んでいた。生体反応もしっかりとしている。ちゃんと成功したね、とスズちゃんを褒めたが、褒められた本人は少し違和感を感じたらしく、彼の周りを一回りする。
「……キルヴィ様、どうやら失敗したようです」
そう言いながら彼の瞼に指を当て、開かせるスズちゃん。赤の他人にそんな事をされれば嫌でも意識がハッキリしそうなものだが、彼は身じろぎひとつせず、佇んでいるままであった。
「この人、心が壊れてしまっています。命の灯火で身体を修復することができても、心までは治すことができないみたいです」
心壊。まだこちらに来て間もない僕達だってあの黒い水には恐れを抱いたのだ。ただでさえ籠城をしてすり減っており、それでもすがる思いで援軍を待っていた彼らにとって、未知の現象で自分達が蝕まれるというのはどれほどの苦痛であったのだろう。
彼をどうしたものかをスズちゃんと話し合う。このままここに置いておいても、自発的な行動ができない様子から、餓死して骸が一つ増えるだけであるのは明白であった。とはいえ、要介護者を抱えたままこの先に進むのはとてもではないが無理だ。幸いにも範囲外であったらしい最初に寄った砦へと戻って預けた方が良さそうだ。
「……ごめんなさいキルヴィ様。本当なら進まないといけないのに」
彼の近くにあった、恐らくは彼の所持品であろうものを拾い集めて荷支度をしていると謝られた。
「スズちゃんのせいじゃないよ」
前回使用から1日経ったのと、ソコソコの距離もあるからここからあっちまでは転移で行こう。予備の一回は取っておきたいので、またこっちに来るのには縮地で頑張れば、取り敢えずはノルマである侵攻距離に到達できるだろう。そこまで考えたところで準備が整ったので、僕達はこの場を後にしたのであった。




