キルヴィの遊びとアンジュの話
キルヴィの遊びとアンジュの話
あれから2日経つ。ツムジさんがくるのはまだ先の話だ。昼過ぎには今日の分の勉強は済んだので時間が余ってしまった。アンジュさんとラタン姉で話があるからここからは自由にしていいとのことだったので暇である。
「ちょっと庭先で遊んで来ていい?」
「庭先だね?ランスボアを1人で倒せるあんただし大丈夫だとは思うけど念のため、1人で森まで行ってはダメだからね」
「わかりました」
さて。
庭先まで出てきたはいいがこう草がぼうぼうに生えたままでは遊びにくい。懐からナイフを取り出して先に刈り込むことにする。場所を整えれたと感じた頃には大体1時間経過しただろうか。
遊んでくるとは言ったが、特に良い遊び方も知らないため先日手に入れたランスボアの骨製棍棒がどんなものなのか、まだちゃんと試せていなかったので触ってみることにする。
うん、長さも太さも申し分ない。重さのバランスはどうか。上に向かって軽く放り投げてみるとかすかにブレを感じた。さすがに前回の加工で重さまでは整えることはできなかったようだ。何度か投げて試し、石で削って草を使って表面を磨く。試行錯誤を繰り返し、なんとか投げ心地に関しても自分の納得ができるものができた。くるくると振り回し、頷いた後全力で空高く放り投げてみせる。風切り音とともに一瞬で見えなくなるがすぐに勢いよく帰ってくる。投げた位置へ寸分の狂いもなく戻ってきたところを掴む。上出来だ。これでいざ投げるようなことになっても狙ったところへ当てれるだろうと感じる。
次は石を拾う。跳弾の練習だ。この間こそ試せなかったが地形がはっきり把握できているのであればいつもより威力こそ落ちるが石の消費を抑える跳弾ができるのではないかと思う。試しに自分からは見えない位置に当たったら音が出る的を用意し、さらに目を瞑った状態から敷地内にはみ出してきている木や庭にあった石の像へ向かって石を飛ばす。
いつもと異なり、動いてないものにぶつけているものの材質の違いからか木を狙った投石はなかなか跳ね返ってくれないようだ。石の像も凹凸が激しいため変に角度がついてしまう。この辺を課題に今日は費やすことにしよう。
◇
「それで、どうしたんだいラタン。珍しいねあんたがそんな顔してるなんて」
アンジュの正面には普段のほわほわしたような雰囲気はどこかになりを潜めてしまったような、少し思いつめたようなラタンがいた。
一度口を開いてすぐに顔をそらし、それでも決意したのか再びこちらに向き直りこう切り出してきた。
「アンジュ、キルヴィには隠し通せてる気かもしれませんがボクにはわかりますのです。あなた無理をしてますよね?」
「……どうしてそう思うのか、聞いてもいいかい?」
「記憶にあるあなたと今のあなた、今のあなたは目に見えて動きが悪いのです。まるで痛みをこらえているような……どこかかばいながら動いているのを感じます」
「そりゃ記憶にあるのは近くても6年前だ。私だって歳をとったんだから動きだって悪くなるさ」
「加齢による変化、なるほど確かにそれもあるかもしれませんね。でもアンジュ、ボクにはなにか焦っているように感じるのです。……本当のところを教えてください」
しばらくの沈黙の後、折れたのはアンジュだった。
「……変なところで鋭いのは相変わらずか。やれやれ隠し通せると思ったんだけどね」
「アンジュは昔からなにか隠し事をしているとき無意識かもしれませんが話している人から何度も目線を逸らすのです。……どこか悪いのですか?」
「病だよ。不治のね」
その言葉にラタンは目を見開く。
「やまっ……それはいったいいつからですか」
「大体二年くらい前かねぇ、今はツムジの持ってきてくれる薬でなんとかしてるよ。あんたは知らない事だろうがそこからは毎回ツムジが御用聞きにきているね……あの子にも心配させてしまってるよ」
そう言い、アンジュはふうとため息をつく。
「不治の病、二年前、それに薬ですか……いったいどんな病なのですか?いや、まさか」
「体の中が自分と違うものに徐々に侵食されていく病さ。あんたも知っているはずだよ、私の母さんもそうだったしあの子も……遺伝的なものさ、血の呪いといってもいい」
「アレ、なんですか。発症したが最後、徐々に体が不自由になっていき、苦しみ抜いて死に至る病」
「母さんは数年間苦しみ抜いて死んだし、ウル坊や……私の子は早くに発症してしまって10歳まで生きることも叶わなかった、憎らしいものさ」
「お母さんの事も、ウルくんの事も本当に残念でした……」
「死ぬ順番が逆になっちまったが結局私も逃れられない宿命だったのさ。そもそもこんな辺鄙なところに屋敷があるのも母さんの療養のためだったって話さ。実体験してみてなるほど、薬もあって確かに進行は遅い……がそれだけさ。治る見込みはない」
だけどね、とアンジュは言う。
「あんたが帰ってきてくれて良かったよ。死ぬ前に会えただけでなく生き甲斐までくれるなんてね。……なに、母さんの例もあるし当分死にはしないさ、それまでにキルヴィに遺せるものを作らないとね。仕方のないことなのさ……だからラタン、泣かないでおくれ」
万が一キルヴィに聞こえてしまうことがないように、ラタンは声を殺し静かに泣いていた。
「みんな、私より先に、私を残していってしまうのですね……嫌です。イヤなのです、見つけましょうアンジュ、治し方を見つけましょう?」
「自分が精霊なんだ、覚悟してただろう?……ツムジも方々を当たっていろんな医者も連れてきたが今の所治せるという返事は聞かないから、難しいよ。それよりも、私は最期までラタンに近くにいて、1人にしないでほしいなぁ」
「どうして、どうしてそんなに落ち着いているのです?今も痛みに襲われてるんでしょう?」
「あなたのおかげだよ、ラタン。目標ができたから、達成するまでは頑張ろうってなれるの。ツムジが商人を目指したのだってあなたの旅に憧れてなんだよ。いつだってあなたがこれからのことを導いてくれる」
だから泣かないで?そういいながらもアンジュも泣いていた。2人は抱き合って、夕食の用意の時間まで静かに泣き崩れたのだった。