ワガママ
「やあ、お帰りなさいキルヴィ君」
宿に戻ると今日一日、1人で散策したいと別行動を取っていたセラーノさんも戻ってきたようで、向こうから声をかけてきた。
「お帰りなさいセラーノさん。今日はスフェンを満喫できましたか?」
「おかげさまで。冬ということもあって人通りが少ないのも幸いしましたが、人混みに対する恐怖心は大方なくすことができましたかね」
メインストリートからスラムまで満遍なく多くの人がいる所へと行っていた訳がわかった。なるほど、以前の戦いで精神的に負った、群衆に対する恐怖心を無くそうとしていたのか。
軽く話しをしていたが、セラーノさんはどうしたらいいのかと後ろで居心地が悪そうにしていたサチさんにようやく気がついたようであった。
「おや、貴女は華撃隊の。明日からはよろしくお願いします」
「こちらこそ。同じ組になったら頼りにさせてもらってもいいですやろか?」
「おや?構いませんが……どうしてまた?」
「いや、さっきキルヴィ君とも話してたんですけどね?どうもウチらよか強い気がしまして。生き残る為、ですかね」
サチさんの言葉に「はあ……?」とセラーノさんは気の無い返事で返す。まだうまく飲み込めていない様子であったが、そのタイミングにモーリーさんが部屋から出てきたのをみて首を傾げた。
「はて、新しい方でしょうか?今クロムさんの部屋から出てこられたように見えましたが。華撃隊の人ですか?」
その質問に対して、僕が口を挟む前にサチさんが答える。
「ウチの隊の人やないね。宿は貸切にしてもらっとるし……てっきりそっちの知り合いかと思いましたわ」
「いや、見覚えはないですね」
「……まさか?」
どうやら察したらしいサチさんに頷く。こちらに気がついたモーリーさんがいつもののんびりとした口調でお帰りなさいと告げると、ようやくセラーノさんにも誰かがわかったようだった。確認するようにモーリーさんかと尋ね、肯定された所で頭を抱える。
「なんや、この分やと兄さんも苦労してはるんやなぁ。ウチも身近に凄い人おるからその気持ちはよくわかるわ」
と、セラーノさんの肩を同情の眼差しでポンと叩いたサチさんが印象的であった。
さて、そんな光景を生み出したモーリーさんはと言うと「少し走ってきますね!」といい笑顔で颯爽と駆け出していった。……心なしかMAP上での移動速度が先ほどよりも上がっている。縮地なしだったら僕よりも早いようだ。今ならランスボアと併走できるに違いない。
「お帰りなさいなのですよー」
こちらの声が聞こえたのだろう。今度はラタン姉が部屋から出てきたかと思うと、僕に飛びついてきたので咄嗟に受け止める。
……少しお酒の臭いがする。時々嗜んでいるのは知っているが、普段はそれを分からせないように気を使っている。しかし、今回は珍しく酔いが回っているようであった。僕の胸へグリグリと頭を押し付けてくる。これも、普段は人前ではあまり見せない行動であった。2人に部屋へと戻ることを伝えると、抱きしめたまま自室に入る。
「どうしたのさ、ラタン姉」
ベッドに腰掛けるように促し、自分もその隣へと腰掛ける。
「ぬふふー、なんでもないのですよー?なんでも、なんでも……」
目線を合わせず、ユラユラと舟をこいでいるラタン姉の様子に、いくら鈍い僕であっても、はぐらかされているとわかった。肩を抱き寄せてもう一度、尋ねる。
「ホントに、なんでもないのです」
口ではそう言うものの、やはり目線は合わせてもらえなかった。
もしかしたら僕はラタン姉に対して何か悪い事をしてしまったのかもしれない。だから、目も合わせてもらえないのだろうか。思い当たることがないか記憶を辿ってみる。しかし、これだと言うものは見つからない。
「……困らせたい、訳じゃないのです」
悩む僕の顔を見たのか、ラタン姉はポツリと呟く。
「ただの、いつも通りのボクのワガママなのです。あの日、出会った時には本当に1人きりだったキルヴィの周りへ人が集まってくれた事が嬉しい半面で。人が増えるごとにボクとキルヴィとの距離が段々開いていくようにふと感じてしまったのです」
そしてこちらにようやく目を向ける。
ひどく虚ろな目をしていた。
「きっと、キルヴィの周りにはもっと人が集まるでしょう。年月を経れば、もっと距離を感じてしまうのでしょう。きっとボクが居なくても、キルヴィはもう1人じゃないのなら。ボクは役目を果たした事になって、それならば、ボクはそばにいる必要はいったいあるのでしょうか?」
ゾッとしたかと思うと、僕の身体は無意識にラタン姉を強く抱きしめていた。
何故?
そうしなければラタン姉が今すぐにでも何処かに消えてしまいそうだと感じたからだ。それだけではない。居なくなってしまったらと思うと身体に震えがくる。
「……苦しいのです」
「ラタン姉、駄目だよ。僕の近くから消えたりなんか、しないでよ。僕は、ラタン姉だからこそこうして甘えられるんだ。これからだって、僕にはラタン姉が必要なんだ」
自分の言葉なのに、ひどく弱々しく聞こえた。頭越しにはぁ、と言うため息が聞こえたと思うと、小さい子をあやすようにポンポンと頭を軽く叩かれる。
「はいはい、ごめんなさいなのですよ。ここのところキルヴィがボクにちゃんと構ってなくて寂しかっただけなのです。さっきは困らせたくない、なんていいましたが、ちょっと意地悪したくなっただけなのですよー?」
「ごめん、ラタン姉。そんな思いさせてごめん」
「もちろん貴方が忙しいのはわかっているから、これは本当にボクのワガママなんです。……明日から別行動なのですし、ボクだってキルヴィに甘えたかっただけなのです」
だって、今はもう恋人同士でもあるでしょう?そう言われて、ラタン姉の事が非常に愛おしくなる。一度しがみつくのをやめてから、改めて抱きしめる。ラタン姉の身体は暖かく、ゆらめく炎の様な髪からはお日様のような匂いがした。
「ん……」
急に背をそらせ、僕から離れたかと思うと、唇を奪われる。一瞬の出来事であったが、僕からも奪い返し一瞬ではなくす。
「……今日は朝まで添い寝して欲しいのです」
可愛いワガママに僕は全力で甘える事にしたのであった。




