戦力
「明日の日の出前に行動開始だ。各々体調を整え、備えるように」
その言葉で締めくくったリリーさん主導による三方面からの包囲作戦の説明が済んだ頃には、日はちょうど天頂にあった。
「リリーさん、どうか私に戦う術をお教え下さい!」
外の空気を吸おうと席を立ったリリーさんをここで逃してはならないと、モーリーさんはすかさず頼み込んだ。
振り返ったリリーさんは唐突にブハッと吹き出し、それにビックリしたモーリーさんはポカンとしてしまう。
「それはあんたの連れと打合せでもしたのかい?全く同じ頼み込み方をしてくるなんて思わず笑ってしまったじゃないか」
それに思い当たったのか、クロムも笑い出す。様子を見るにほぼ同じ文言だったのは偶然だったようだ。
「仕方がない子だね。昨日の発言をした責任があるし、いいよ。教えよう」
その態度に驚いたのは華撃隊の隊員達だ。
「凄いわね、鬼の隊長に稽古を取り付けるなんて」
「おっとりしてる子に思ったけど、見かけによらず命知らずなのね」
リリーさんの評価がひどい言われようだ。ギギギ、という音が聞こえてきそうな動きでその発言をした隊員に向き直るリリーさん。その顔は凄い笑顔であった。
「よーし貴方達、漏洩した責任もあるしちょっと付き合いなさいな」
きゃー!と、黄色い声とは裏腹に顔面蒼白になって蜘蛛の子を散らしたように部屋から逃げていく。隊員達にとってリリーさんの訓練はそんなに辛い物なのだろうか?実際に受けてみた身としては適度な物だと思えたんだけれど。
「嫌に思うなんて、損だと思うんですけれどね?贅沢な人達だなぁ」
どうやらクロムも僕と同意見のようだ。その言葉に頷いて同意していると、ラタン姉とスズちゃんはこちらをみて眉をひそめた。
「スズ、どうしましょう?クロムが完全にキルヴィサイドに堕ちてしまったのです」
「ヤバいね。同性のストッパーがいないとなると私達でどれだけ抑えられるか」
人をなんだと思っているんだ僕の恋人達は。
「ははは……あの、お手柔らかにお願いします」
一方で隊員達の態度に尻込みしてしまったのか、モーリーさんはそんな事をリリーさんに言っていた。
「流石に戦闘も初心者の子に無茶な訓練はさせないわよ?でも、そうね……武器はどうしようかしらね」
昨日も上がっていた問題が再び浮上した。すぐにでも使える武器ってなんだろうか?
「ツムジさん、か弱い女子に進められる、すぐに使える武器ってありますか?」
ここは商人であるツムジさんに聞いてみる。そうだなぁと考え、出した答えは銃とボウガン、それから汚れた細長い革袋であった。
「銃は私使った事がないから教えられないなぁ。ボウガンなら、扱えるけれど……この袋は?」
リリーさんが袋を摘み上げると、中からごろっとした石が数個出てきた。
「なるほど、ブラックジャックね。確かにこれらなら短時間でも覚えることができるかもしれない」
「アンデット相手には役不足かもしれないが、相手が人間の場合もあるだろう。護身のためにも覚えておいて損は無いかと思いましてね」
「あ、だったら僕の投石も教えて……」
「いや、お願いですから一度に詰めすぎようとしないであげてください!モーリーさんが可愛そうですからキルヴィ様!」
モーリーさんに、ついでだからと投石のコツを教えてあげようとすると、庇うようにスズちゃんが僕の前に立ちはだかった。よく見るとモーリーさんは目がグルグルしていて、いまにも頭から煙が吹き出しそうであった。
「できることを増やしてあげたい、あなたの気持ちも分からなくも無いけど、今の彼女には容量オーバーね。次の機会があれば教えてあげて」
その為には生き残る必要があるからしっかりね、とモーリーさんに笑いかけるリリーさん。対してモーリーさんは「は、はい……」と返事をするのが精一杯だった。
◇◆◇
リリーさんがモーリーさんを連れて出て行った後、僕達はツムジさんに家へと案内された。そこにはナギさんたち家族の他に、ヨッカさんが居た。
「キルヴィさん……ということはやはり、ナギさんの言っていた通りなのですね」
こちらをみるなり、確認を取るようにナギさんへと向き直るヨッカさん。ナギさんは頷いて、こちらに向いてみせた。
「夢のお告げだったけど、キルヴィ君はお姉ちゃんの所へ行くって確信があったからね。一応グリムの知り合いのヨッカちゃんにも伝えておいたんだ」
これから戦いに行くのだ、もしかしたら春先までかかる可能性もあると言うことをグリムメンバーの代表に伝えておいたほうがいいと思っていた矢先だったので助かる。
「私も同行を願い出ても?」
口を開こうとすると先制された。おっと、それは想定外。しかし、今はこちらの戦力が欲しい時。ありがたい申し出だ。
「あの子達でしたら、チェルノ達が見てくれます。ふふ、最近は子供達に混じって字の読み書きができなかった大人達も勉強しているんですよ?」
もう1つ懸念していたことも、先んじて言われる。グリムメンバーの事を自分のことのように嬉しそうに語るヨッカさんは、人の良さが伺える。
「ありがとうございます。是非、お願いしたいです」
「ええ、どこまでできるかはわかりませんがよろしくお願いします」
ガッチリと握手をすると、支度があるのでとヨッカさんは帰っていった。ツムジさんも、ヒカタさん達に明日からのことをお願いしている。討つ覚悟を聞いた時、ヒカタさんもナギさんも、辛そうな表情をしたが引き留めることはしなかった。
「武器の手入れをさせてくれ。俺にはそれくらいしか力になれない」
家族の話し合いの中、そう言ってナギさんの旦那さんは僕達、というかラタン姉の盾やサブウェポンの類をメンテナンスしてくれた。彼もまた、イブキさんの事を夢で思い出したらしかった。
「家族として認められたんだと思う反面で情けなくなるよ。俺には君たちみたいな力がない」
そう悲しげに呟く彼の手に、話し合いが終わったナギさんがそっと手を重ねる。
「キルヴィ君、お姉ちゃんをお願い。覚悟は、もうできたから」
想いを託してきたナギさんの目は強い意志を感じたが、赤く染まっていたのであった。