予期せぬ同行者
思ってもいなかった同行希望者に戸惑っていると、リリーさんが頭を抱えてツムジさんの前に立つ。
「どうしてここが?」
「この宿はうちの組合傘下の宿でして。華撃隊の方々が泊まっていると聞いて挨拶がてら寄らせていただいたらアムストルの話が聞けましてね」
「普段からむやみに作戦内容を口外するな、と伝えておいたはずだけど?」
情報漏洩がされていた事にギロリと隊員達の方を一睨みすると、隊員達は深々と謝り始める。その様子を見てため息を一つつき、リリーさんは再びツムジさんに向き直った。
「失礼だけど、歳をとった一商人に何ができるのか、またどうしていきたいのかの理由も教えて欲しいかな」
「歳のことを言われると弱いですが、エンジュ様や父母から教え込まれたので武器は一通り扱えます。物資も今回の遠征分は任せていただければと思います。理由としては、親としてのケジメをつける為です」
この様子だと、ツムジさんもイブキさんの事を思い出したようであった。リリーさんはツムジさんの顔をじっと見る。
「……誰かに似ていると思えば、なるほどオボセの血縁者か。スフェンの大商人がまさかの使用人の出自だったとはね」
どうやら、リリーさんはツムジさんの親類を見出せたようだ。
「ええ、夢を後押ししてくださったエンジュ様やアンジュ様には感謝しても仕切れない恩を感じておりますとも。それ故に、此度のこの一件。バカな娘が関わっている以上、自ら動かずに捨て置くわけにはいきません」
「……己が子と主人の子を、お前は迷いなく討てるのか?」
言葉とともにリリーさんから放たれるプレッシャー。しかし、ツムジさんは少しも物怖じをせずに、まっすぐにリリーさんを見つめて答える。
「人の道を外れてしまったものは正さねばならない。もちろん、討ちましょうとも。……私が討たねばならぬのですリリー様」
目に宿るは揺るぎない覚悟であった。暫くの瞑目の後、プレッシャーを解いて諦めたかのようにリリーさんは手を挙げた。
「わかった、同行を認めよう。キルヴィ君の連続移動にクールタイムがある以上、今日はもう移動をしない予定だからな、その間中頼み込まれても困る」
「ありがとうございます」
人払いをしてくる。そう言って背を向けたリリーさんに、緊張が解けたのかツムジさんはドッと座り込んだ。
「ツムジもこのタイミングで思い出すなんて、偶然で片付けてはいけない気がしますね」
ラタン姉がそう呟くと彼は顔だけこちらに向けた。
「夢枕にアンジュ様が立って、目を覚ましなさいと悲しそうな顔で言われてね。そこで思い出したんだ。長い、悪夢だったよ。起きたらヒカタも同じ夢を見たというし、間違いなくアンジュ様の導きだよ」
何故かナギだけは覚えていたみたいだったけどね、とツムジさんは続けた。
「そういうわけだ。キルヴィ君、またよろしく頼む」
穏やかな顔で、それでもどこか影を感じる表情のツムジさんから求められた握手の手に、僕は握り返すことができなかった。表情とは裏腹に、彼の心中はひどい嵐が吹き荒れていることだろう。手を取ってもらえない事に気がつき、彼は苦笑しながら手を引っ込める。
「愚かにも、私は一度目をつぶってしまった。過ちである事を認めてくれたのならと、娘の幸せを望んでしまった。そしたらあろう事か私はあの時に何を約束したのか、その存在ごと忘れ去ってしまっていたのだ。わかるかいキルヴィ君。私は二度も娘に欺かれてしまったんだよ」
商人としても実の父親としても、それは実に悲しい事だとは思わないかい?そう言って何もない部屋の隅を見つめるツムジさんに、僕はかける言葉が見つからなかった。
「話はついたか?では、改めて作戦会議をするぞ。この先情報漏洩した場合、作戦は失敗したと考えろ。いいか?家族にも夜伽相手にも漏らしてはダメだ。でなければここから退席してもらおう。わかったのなら着席だ」
人払いをしてきたらしいリリーさんが帰ってきたところで、会議が行われることとなった。ここでようやくお互いに自己紹介を簡単に済ませる。隊員は女性が多く、この国らしく多種族で編成されていた。
顔を見渡してみると、いつかみた嫌な兵士はいなかった。なんとなく言いたいことがわかったのか、リリーさんはこちらの疑問に答えてくれた。
「初対面の時の兵士か?言わせてもらいたいが、あの恥知らずな物見は華撃隊ではないからな?」
もっとも、死者を悪くいうつもりはないがなと言われる。どうやら先の小競り合いの時に命を落としたらしい。そう考えると嫌な奴だと思っていたにもかかわらず一抹の寂しさがあった。