晩餐と称号と
「おお、今日は豪勢だね」
夕刻。僕とリリーさんが屋敷に戻ると良い匂いが敷地内に充満していた。
「クロム君が新鮮な肉を提供してくれたからねー。明日からのこともあるし、精をつけてもらわないと」
そう言いながら夕餉を用意してくれたのはトトさんだ。猪肉や熊肉がふんだんに使われている料理の数々は、確実に僕らに活力を与えてくれるだろう。
「これ、ランスボアですよね?それにこっちはもしかしてオーガベア、ですか?一体どころの数じゃないですよねこれ。それを、一人で仕留めることができるようになるなんて。ああ、クロムもついに人間卒業ですか……」
ラタン姉がそんな事を言う。この森にいる魔物くらいなら小さい頃の僕一人でも狩れるような奴なんだから、それは大袈裟に思えるんだけどなぁ。それよりも調理後の肉を見て瞬時に素材を見破るラタン姉もどうかと思うけれど。
「流石ドラゴンスレイヤーだね、お兄ちゃん」
からかい気味にスズちゃんがそう言うと、
「やめてくれスズ。その言葉は私にとってとても苦い思い出しかない」
クロムはまさに苦虫を噛み潰したような表情をして見せた。そっちは誇ってもいいと思うんだけどなぁ。その考えを読み取ったのかクロムは僕の方を見ると拒否するように顔の前で手を横に振った。
「実力に見合っていない称号は返上させていただきますよ、キルヴィ様。つい最近自分の力を過信して、痛い目を見たものですから」
リリーさんがいることもあって、僕の呼び方は敬語のままだ。実力に見合っていないかと言われたら疑問に思うが、本人がそれで納得しているのならと頷いておく。
「しかし、今日だけでスキルレベルを上げて戦力を高めることができるとは、やはり若さは活力だね、君達が眩しいよ」
「はい!?」
リリーさんの言葉に、事情を聞いていなかったトトさんが目を見開く。
「いや、スキルはそんなポンポンと成長するものじゃない、ですよ、ね?」
自分よりも経験豊富な人生の先輩の言葉に対して、そんなのありえないことだろう?と言いたそうに尋ね返す。確証がないので疑問調だ。
トトさんが言う通り、スキルというものは本来なら、当たり前だがもっと時間をかけて習得するものだ。努力したとて一朝一夕で身につくようでは世の中にスキル持ちの人はもっと溢れていることだろう。
「すぐ身につくものではないというのは事実だ。子供と大人の中間位が一番スキルの会得や成長に期待が持てる時期、というのもあるだろうが、実はもう1つ秘密がある」
秘密という言葉のときめきに、なんだなんだと全員が顔を寄せてくる。
「私には教職者という称号があるのだ。これを持っていると、実践形式で教えた場合教え子にスキルが身につく速度が速くなると見ている」
確証はないけどね、とリリーさんはおどけてみせる。それも称号、か。今まで特に気にしてなかったものの、これにも効果があるものが存在するのか。ドラゴンスレイヤーにも効果はあったのかもしれないが、ひとまずは効果は見受けられなかったといった所か。
「だったら私にも何か教えてほしかった、です。このままでは足を引っ張ってしまいます……」
モーリーさんがボヤく。その言葉にリリーさんは頭をかいて、ため息をついた。
「あのね、知り合って間もない子だし突き放すようで悪いけど。自分から教えを乞いに来ない子に私は教える気はさらさらないよ?キルヴィ君はまぁ、私から手ほどきをしたところはあるけれど。クロム君は朝早くから頼み込みにきたから、教えてあげた訳だし」
うっ、と言葉に詰まるモーリーさん。間違った事を言っていない為、周りはフォローに入れなかった。クロムもモーリーさんの肩に手を置くだけだ。
厳しく聞こえるかもしれないが、教えてくれと頼めばちゃんと教えてくれるだけ、リリーさんは優しい部類に入ると思う。これからの日程のどこかで教えを乞うならば、リリーさんは時間を割いて教えてくれるとも言外に言っているのだ。
ややギスギスした空気になったところで、セラーノさんがパンッと手を叩く。
「まあまあ!今は食事をしようじゃありませんか!英気を養う時です!」
そうだね、と皆が納得し、食事が再開された。
「セ、セラーノ!これを食べて明日からのやる気を出してくれ!死んじゃダメだからな!」
「うんまぁ、ありがたい事なんですけどね?わざと、じゃないですよねぇ。あなたは、そういう人ですし」
攻殻部分を剥いだランスボアのカシラをずいと差し出すカシスさんに、セラーノさんは曖昧に笑って答える。そういえばリリーさんの突然の来訪で有耶無耶になっていたが、この様子を見るにひと段落はついたのであろう。カシスさんのいつも通りの様子に、ひとまずは安心する。
「……そういえば屋敷の横手には温泉も湧いていたか?あれは入ってもいいのだろうか?」
実はこの屋敷、いつかの訪問者によって掘り当てられた温泉が湧いている。それに対してソワソワとしながら、リリーさんはこちらに尋ねた。
「ええ、もちろんです」
「本当!?ああ、久しぶりに温泉に入れるとは、思ってもなかった。これならばもっと早く尋ねるべきだったな」
まあ、温泉は気持ちいいですからね。その気持ちはわからないでもなかった。
◆◇◆
今日はまずスフェンで華撃隊の皆さんと合流する日だ。僕達は旅装になり留守番組と暫しの別れの挨拶を交わした。
「ああルルちゃん。私のことを忘れないでね!」
そういってニニさんの腕の中の、眠くて仕方がなくて不機嫌なルルちゃんをあやすスズちゃん。なんとなくだが、その姿はかつてのイブキさんやナギさんを彷彿させた。
「ちゃんと帰ってこないと、赤ちゃんなんだからすぐに忘れちゃうからねー?だから、ご武運を。生きて、帰って下さいね」
ニニさんの言葉を皮切りに、留守番組から武運を祈る言葉が次々と投げかけられる。
「ありがとう。それじゃあ、行ってきます!」
そういって僕らはスフェンまで転移をすると、
「待っていたぞキルヴィ君、それからリリーさん。どうか私も連れて行ってくれ。馬鹿娘にけじめをつけなければならないのは、親の責務だから」
リリーさんの指示で指定の宿に泊まって待っていた華撃隊に混じって。険しい顔をしたツムジさんが僕らを待ち構えていたのであった。
温泉回はそのうちに閑話として(未定)