ラタン姉の気になること
「ツムジ、ちょっと気になるので後でちょっと地図を見せて欲しいのです」
3人の懐かしい話に花を咲かせた後、ふと思いついたようにラタン姉はそう言った。
「この辺を活動圏内にしているのならボクのより情報が新しく、正確なはずなのです。お願いします」
「別に構わないが……他の商人にはあんまりそんなことを頼むなよ?これだって貴重な情報で俺たちにとっては立派な商品なんだ」
「ツムジだから頼むのです、他の商人からはちゃんと買い取ってます。アンジュ、先に白紙の紙とペンを借りていいですか?」
「いったいなんだっていうんだラタン。あんたにとっちゃ全く知らないってわけでもないんだから地図を描く必要なんてないんじゃないかい?」
そう言いながら先ほどまで勉強していたところから紙とペンを持ってくるアンジュ。
「いや、描くのはボクじゃないのです。キルヴィ、天からの目線で大体どんなものがあるのかを描いてもらっていいですか?」
アンジュさんから受け取った紙を僕の目の前に敷き、ペンをにぎらせてくる。
「天?アンジュ様、ラタン姉は何を言っているんだ?」
「何をしたいかはなんとなく察したけどまあ、キルヴィに任せるとするかい」
僕のMAP機能のことは軽くしかアンジュさんには伝えてない。ツムジさんに至っては全く知らないのでわかるはずもなかった。2人の視線が僕に集まる。
「キルヴィ、あなたのそれはすごい力なのですよ。見たまま、思うままに描いてください。それだけでこの2人にはすごさが伝わりますから」
僕を抱き抱えてるラタン姉にそう言われる。
「う、うん……でも絵を描いた事なんかあまりないから伝わるかは微妙だと思う」
「別にそれならそれでもいいのですよ、難しく考えず、力を抜いて気楽にやっていいのです」
そう言われ、MAPに意識を集中させる。地形がはっきりと認識できるようになった所で天から見た視点にする。森の木々や草原、点在する岩などがあることがわかるがそれを全部書き表すとなると細かく、骨が折れそうな作業量になった。その時頭の中へアナウンスが聞こえてくる。
<情報量軽量のためにMAP機能は簡易表示機能が追加可能です。追加しますか?はい/いいえ>
よくわからないが渡りに船だったのではいを選択し、簡易表示機能を手に入れる。アナウンスは続く。
<MAP機能はエクスポートを求められています。現在のレベルで可能なものは簡易表示のものを印刷することです。印刷しますか?はい/いいえ>
聞き慣れない言葉が聞こえた。エクスポート?印刷?いったい何かわからないので周りに尋ねてみる。
「エクスポートはわからんが、印刷はわかる。今町で広がってる安価な地図や広告は全部印刷によるものだからな。たしか表したいものの印刷版を作ってインクを塗り、紙に押し付けることで一瞬で書き写すことができる……版画の要領のものだな。あれの欠点としては印刷版を作るまでが長いことと型が決まると応用が効かないことだなぁ。それを十分カバーしうる効率の良さではあるが」
ツムジさんがそう答える。版画の情報はおそらく今のアナウンスとは繋がらないと思うが、一瞬で書き写すことができるというところに注目する。つまりアナウンスはMAPの図を書き写すかと聞いているようだ。はいを選択する。
<印刷を開始します。しばらくお待ちください>
アナウンスの後、急に力が抜ける感覚がする。座り加減が変わったのを感じ、ラタン姉が心配そうに顔を覗き込む。大丈夫であると答えて机に向き直る。さてどうなるか……
その時、持っているペンが手から離れて浮いた。その場の全員が呆気にとられる。ペンは御構い無しにインクをつけ、紙の上からシャシャシャと擦るように描き始める。そのまま1分もまつことなく、全てを描き終えるとペンは手元に戻ってきた。
「今のは魔法か?いったい……いやそれよりもこれは」
ツムジさんが描かれた地図をみて、自分の荷物から自分の地図を持ち出してきてその隣に広げ見比べている。ラタン姉とアンジュさんも身を乗り出し二つを比べているようだ。ツムジさんがしばらくして顔を上げる。
「驚いた、ほとんど正確にかけているように感じるよ!細部は俺のと違うがしばらく通ってないところだから変わっているかもしれない」
続いてアンジュさんが僕の地図上にいくつか描いてある記号を指差しながら評価をする。
「それに見やすさがあるね。もちろん今描き起こしたからってのもあるだろうが……これは記号かい?いいね、何を表しているかパッと見でわかる。使いやすいと思うよ」
「どうですかふたりとも!さすがボクの自慢のキルヴィなのです、うりうり〜」
ラタン姉だけは特に驚かず、僕の地図が評価されてることをまるで自分のことのように喜んでいる。頭に頬ずりをしてくる。
「すまないけどこれ、少し借りてもいいかい?帰りがけにこの違っているところを見てくるよ。次に来た時に返すから」
ツムジさんがそう言うので承諾する。
「ありがとう……気がつけばいい時間だ。名残惜しいがそろそろお暇させていただきます。次は荷物を揃えてからだから……1週間以内かな?それまではもちそうですか?」
「そんぐらいなら全然もつさ。今日はありがとうねツムジ。奥さんにもよろしくね」
「むう、今度紹介して下さいよツムジ。姉として挨拶しないといけないのです」
「おいおい勘弁してよラタン姉、見た目そんななんだから、事情も知らない人に見られたら俺がそう呼ばせてる変質者に見えるだろうが」
「なら透明化します」
「……それって虚空に向かって姉ですって紹介しているようになって別の意味でヤバイって噂が立つ気がするんだけど」
「どうしろって言うんですか!」
「キレられたって知らんよ!?……まあよろしく言っておくよ。キルヴィ君、またね。次はせっかくの男同士なんだ、良さそうなものを見繕ってくるからもっと仲良くしよう」
手を差し伸べてくるので自分も伸ばし、握手をしっかりかわす。
そうしてツムジさんは去っていったのだった。