恋の行方
少し離れた所でクロムが魔物らしきものに囲まれていたみたいだが、何事もなく対処できたようなのをMAPで確認する。流石ドラゴンスレイヤー、とでもいうべきか。まぁでもこの辺の魔物はそこまで脅威度高くないだろう。小さかった僕でも倒すことができたんだし。
「あなた、もっとちゃんとした棍棒の使い方を学んでみたくないかしら?」
リリーさんがそう話しかけてくる。ただ闇雲に振るうよりも技が伴った方が確実に良い。是非教えてください、と頼み込む。
「いい返事ね。じゃあまず握り方から始めましょうか」
僕の修行はもう少し続きそうだった。
◆◇◆
「うー、リリーさんにキルヴィを取られたのです」
手持ち無沙汰になったので、後ろからスズに抱きつく。長い間外にいたのであろう、冷え込んでしまっているのでそっと魔法で暖めてあげる。
「どちらかというとキルヴィ様の修行発作が起きたようにも見えますね。どちらにせよ、ラタン姉の思いはなかなか報われませんね」
キルヴィもキルヴィなのです。ボクとの時間じゃなかったのですか?化け物と呼ばれて傷ついていたくせにさらなる強さを目指すなんて。どれだけ強くなれば気がすむのかお姉ちゃんとしてボクは心配なのです。
「そう思うのなら明日からの班分け今からでも交代してくださいなのですー!」
「あ、それはまた別の話なのでごめんなさいっ!」
くっ、駄目ですか。気晴らしする為にスズの胸を鷲掴みにしてみる。ひゃん、と可愛らしい声を上げた。……本当にこの子10歳なのですか?ボクの胸と全然違うのですが。今でこのサイズなら、数年後にはたわわになっていること間違いなしなのです。
「人の胸を揉みながら何を難しい顔をしているんですかラタン姉。いい加減離してもらわないと怒りますよ?」
おお、無意識のうちにわきわき動かしてしまっていたようなのです。ジト目でこちらを見ているスズからやや目をそらす。
「いや、こうして触っていたらボクの胸も大きくならないかなと」
「……その胸にはその胸で、キルヴィ様には需要がありますよきっと」
本当にそう思っているのなら憐れむような、同情したような目をこちらにむけるんじゃありません!
「ンンッ!大変仲睦まじく羨ましいかぎりですが?庭先でやるのは如何なものかと」
いつから見ていたのか、自室の窓からこちらを肩肘ついて見ていたグミさんに視界の外から突然声をかけられてびくり、と身を強張らせる。弄られていたのを他人に見られていた羞恥からか、スズの顔が赤く染まっていく。
「グミも見事なものをお持ちで。どうせ、この中で一番貧相なのはボクですよーだ」
「あら、アンちゃんがいるじゃない」
「いや、本当に幼いアンと比べられても困るのです」
そんな軽口の応酬。グミは会ったことないでしょうから知らなくても無理はないのですが、アンの元になったアンジュやエンジュさんはとても女性的な身体つきをしていたのです。もしアンが成長したらその姿をなぞると容易に想像付きますので、結局の所ボクの完全敗北なのです。
グミは部屋の中に引っ込み、すぐに屋敷の出入り口からカシスをつれてこちらに来ました。
「体調は大丈夫なのですか、カシス」
ボクがそう話しかけるとコクリ、と頷かれる。出会ったばかりの頃を思うと随分と印象が変わってしまったのは、経験してきたことを鑑みると仕方のないことなのだろう。
「たまには身体を動かさないと、落ち着かないんだ。それが身体に良くないと知っていても」
だが、以前のような投げやりの態度ではない。彼女の目は間違いなく生気を宿していた。そこで、ふと思ったことが口から出る。
「セラーノさんを死地に連れていくことになりますが、2人はもう告白をしたのですか?」
「あっ、それ私も気になります!」
ボクの質問にスズも便乗してくる。あの時はリリーさんがやってきたので有耶無耶になってしまったのでその後がどうなったのか気になったのだ。2人はやや顔を赤くしながら「昨日の夜にね」と話してくれた。
「最初にカシスの事情を話した時、彼は最初驚いた顔をして見せて、それからカシスを抱きしめました。すぐ近くにいたのに無力で、助けられなくてすみませんでしたとボロボロと泣かれました」
セラーノさんが力強くカシスを抱きしめながらその顔をクシャクシャにして泣く姿が想像される。
「その優しさに付け入るようで後ろめたい所もあるが、そのまま告白したんだ。既に純潔を失った身、拒否されるんじゃないか、と不安で不安で仕方がなかった」
「当初の約束通り私もすぐに告白しましたよ。これで出遅れたら笑い話にもならないですし、ね」
「それで、結果は?」
スズがさらに食いつく。こうして話している以上、流れからも分かっているだろうにこの子はどうしても本人達から聞きたいのだ。しかしながら、返ってきた答えは思っていたものとは違った。
「気持ちは嬉しいけどまだダメだって断られてしまったよ」
「……フラれてしまった、という事ですか?」
まずい事を聞いてしまったとスズも恐る恐るといった感じで尋ねるが、ボクはセラーノさんが何を考えて断ったのか、わかった気がしたのです。
「まだ、と言ったでしょう?今は討伐遠征に向けて気を向けているし、支障が出てしまう。それに、ここで受け入れてしまうと2人を残して私が戻らなかった時を考えると死んでも死に切れないからって。返ってきた時、その時にちゃんと向き合って返事をしますと言われました」
やはりか。自分が死ぬかもわからないのに恋人を残していくなんて、それだけで気が散ってしまうのと残された側の立場を考えて断った、という所だろう。いつ死ぬかわからない世界だ、そういう考えの人は少なくない。
告白をして、答えを待ってもらう。幼さもあったであろうが、それを生前にちゃんとできなかった子がこれから向かう先には待ち構えている。それはなんと皮肉な事なのだろうかと思わざるを得なかった。