戦力見直し
すぐに出発、というわけにはいかなかった。主に僕の戦闘準備の為だ。スクロールの作成に2日、猶予を貰う事にした。
「キルヴィ様、軽食作ってきました」
「うん、ありがとうスズちゃん」
準備と言えどもこういう時の僕は不眠不休でやりかねない為、スズちゃんとラタン姉が交代で僕のことを見張っている形になる。身に覚えがありすぎる為、過保護とも言えない。現に食事のことなんか頭からすっぽ抜けていた。
「私も準備しないとですね。……うーん、杖はもうこれだと力不足ですかね?魔晶石メインで戦わないとですね」
そう言って、子供の頃一緒に買った杖と魔晶石玉を見比べているスズちゃん。扱いが上手くなってきたとはいえ、ずっと使い続けてきた杖と比べるとやはり魔晶石の方は不安が残るのだろう。僕はスクロールを作成している手を止める。
「ねぇスズちゃん、杖作ってあげようか?」
そう言って僕は手持ちの素材を広げてみせる。各地を回ったおかげで色々な木材や骨材、石材が燻っていた。
「えっ、でもそんな事してたらスクロール作る時間が少なくなっちゃいますよ?」
確かにそうだ。武器作りといったって僕は自分用の棍棒しか作ったことはないし、場合によってはこの後の時間全て杖の作成で使い切ってしまうだろう。だが、
「いいんだよ、スクロールはあくまで保険で、なくても一応魔法は使えるし。スズちゃんの言葉を借りるなら戦力を気にした時やっぱりスズちゃんの強化をしないとだし……その、怪我とかして欲しくないし」
「キルヴィ様……」
近くに皆がいるとはいえ、今この部屋の中には2人。なんとなく静かにお互いに見つめ合い、どちらともなく顔を近づけ合う。
「あるじー、よるのきおくがないのー」
「〜〜ッ!?」
ニョキッと床から唐突に生えてくる幼女。それに驚いたスズちゃんの頭が僕の顔に強烈なヘッドバットを浴びせる形となった。口に広がる鉄の味。
「んー?なにしてるの?」
幼女はアンちゃんだった。昨夜の出来事を忘れているものの、妖精としての力は成長したらしく家の敷地限定とはいえ縮地ができるようになったらしい。事前に察知することができなかった。
「あああっ、ごめんなさいキルヴィ様ー!」
スズちゃんの謝罪の言葉に何事かとラタン姉とリリーさんが駆けつける。悪気はなかっただろうが、空気をよんでほしかった。
「スズちゃん、恐ろしい子。あの子、自然に良い雰囲気に持っていくわよラタン。あなたもうかうかしてられないわねぇ?」
おいアンちゃんの中の無意識母さん。余計なことは言わないでよろしい。ついでにそんなにポンポンと発現するなら昨夜の別れの涙を返してくれ。
「アッハッハ!キルヴィくーん、いちゃつくなら……もぐぞ?」
やだ怖いなにをもがれるの!?リリーさんが昨晩あたりから僕を見る目が変わっているのは気のせいではないだろう。軽口のような口調で凄い殺意が飛んでくる。
「……はっ!そういえば別に今日から別行動する意味ないじゃないですか!ボクも一緒に作業しますですよ!」
ラタン姉ェェ!?目が笑ってないリリーさんに見つめられている中、追い打ちとばかりにラタン姉が盛大に燃料投下してくる。一層殺意が飛んでくるうえ、リリーさんが「見えないところでコソコソと……やはり変わらないなぁお前はァ!」と身に覚えがない私怨まで注いでくるんだけど!
「んー、あるじー。しゅらば?」
引き金となった元凶が可愛らしく小首を傾げる。くっ、母さんめさっさと引っ込んだな?卑怯だぞ!
◆◇(騒ぎを聞いて集まってきた他の人によって場は収まりました)◇◆
「確かに、スズの現装備では心許ないかもしれませんね」
自分の盾を調整しながらラタン姉はボクの言葉に同意してみせる。ちなみにこの盾はあのスフェン戦でのランタンシールドを自分好みに改造していくうちに原型からだいぶ離れていった一品である。
「キルヴィ様に次いでスズも得意な投石は、アンデット相手だと効果が見込めないですからね」
そうなのだ。セラーノさんのように光属性を纏えるなら別だけど、アンデットに打撃は相性が悪い。加えて、肉体があるゾンビ型ならともかく、霊体であるゴースト型は単純な物理が無効なのだ。まさに魔法の威力が生死を分けると言える。
「これまで使ってきた魔晶石玉を軸として杖を作れば、扱いやすい強力な武器になるはずです」
魔晶石玉はこのままでは方向性がない。手に入れてからずっと制御する勉強を積み重ねてきていたものの、いざという時に仕損じて自分に向かうようでは、武器としてとても困るのだ。それを杖にすることで方向性を持たせようというのが今回の狙いだ。
「ふむ、この中で火に親和性が最も高いのは……こいつしかいないだろう」
横から素材を見ていたリリーさんが、僕にとっても馴染み深いものを持ち上げる。
「飛竜の骨。こんな状態の良い上物、なかなか見ないね。これなら、見た目はちょっと禍々しいかもしれないけど良いものが作れるでしょう」
それはかつて僕達が竜の渓谷で倒した飛竜の骨であり、僕も加工して棍棒として使っている飛竜の骨だった。確かに、生前が火を扱う存在であった為、火属性と親和性が高い素材だ。
「アンデット相手に骨で挑んでもいいものでしょうか?」
「全然構わない。むしろ上位の対アンデット武器にしろ対悪魔武器にしろ、素材はそいつらの一部を素材に使ってる事ってよくあるのよ」
それは知らなかった。なら、僕の骨棍棒も効果がないわけではないのか。
「スズちゃんの武器を作るのなら手伝うわよ。まだ乙女のうちなら、私の加護の内だから」
「乙女……乙女ってそういえば何?」
つい疑問が口から出てしまうと、女性陣からやや非難を帯びた目線が来た。解せぬ。




