ケツイ
「はぁ。アンジュちゃんの実子が相手で、アンデットであるにも関わらず敵意もなさそうだったから放置しちゃった、と」
記憶が戻り、頭を抱え込んだ皆がようやく混乱から立ち直った後、食堂に移ってリリーさんにウルさんのことを告げると、今度はリリーさんが頭を抱える羽目となった。
「その結果、キルヴィ君以外は関わっていた記憶を消され、アムストル跡地には居城まで作られてしまった、なんて笑えないよねぇ」
深い溜息をつかれる。僕の想像以上に深刻な問題なのだと、意識を改めされる。
「いいかい、よく覚えておいて。いくら知古の中でも、アンデットになった時点で私達の理解の外の存在になるってことを。今回の起点は聞いてる限りそのイブキって子だね」
イブキさん。本を手に入れた辺りからずっとおかしいと感じてはいた。リリーさん曰く、死者蘇生に深く関わると心が壊れてしまい、蘇生された「蘇生したかった人」に似たモノの操り人形と化してしまうらしい。つまりは、ウルさんと一緒に居た時の行動は全てウルさんの一人芝居だったと言うわけで、あの和解の場面が全て計算されて動かされていたという事になる。
「俗説であるアンデットが必ずしも持つ殺人衝動、というのも語弊がある。奴らは自らで人を殺さなくてはいけないという訳ではない。人の魂を得る術があるのならば直接手を下さずともいいと考えている上位種が、確認されている」
意味合いが似ているから正そうとしてもなかなか認識が浸透しないが、とリリーさんは言う。ウルさんは観光のためにアムストルに戻った訳ではないのだとしたら?いち早く戦争の気配を感じ取って自らの糧を得るために陣取っていたならば?脅威であると言う認識を遅らせるために記憶に封をしたのなら?
ムーブが明らかに上位種のそれだ。
「この寒い時期だからまだいいけれど、暖かくなってくると私が見た雑魚アンデット達の腐敗が進んで衛生的にもヤバくなるだろうな」
「叩くなら今、ですか」
アンデットは死体で出来ている。ゴーストはともかくとして、話に出ていた傷ついた死体でできたゾンビ兵は確実に腐る。そして、虫が活発に活動するような時期になれば蛆が湧き、悪臭も放つ。悪い感染症が一気に広まる想像をするのは、難しくないだろう。
この冬が終わるまでに、なんとかしなくてはいけない。
「……転移して大元を一気に叩く、か」
僕がそう呟くと、リリーさんは横に首を振る。なんでも統率力がなくなったアンデットが自らの糧を探して好き勝手にバラバラに動くようになってしまうと言うのだ。そうなると補足ができない。だから叩くならこれをある程度各個撃破しつつ、数が少なくなったところでしなければ被害が拡大すると言う。
「アムストル周辺の村や砦……特にドゥーチェ側の物はもう落ちていると考えていいと思う。地図があればおおよその範囲はわかるかもしれないけど」
リリーさんの言葉に僕は即座に地図を写し出す。僕の地図を初めてみたからか、自分の知識と照らし合わせてそれを眺めていたようだがその精度に驚いたようだった。
「ありがとう。この近辺に詳しいものは……」
「私が役に立つと思います」
ちょうど食堂へやってきたグミさん達が声をかけてくる。聞こえていたのか。
「アムストル周辺の村や砦は網羅してます。……見るに、おおよそ書かれていますね。それとは別に隠蔽魔法が施された隠れ里などもありますので、そこも抑えたほうがいいでしょう」
そう言って僕の地図に僕では把握しきれなかった隠れ里の記載を始めてくれた。
「アンデット……私も力になれそうですな」
そう言って、グミさんと一緒にやってきたセラーノさんがイスに腰掛ける。
ここまで話す機会がなかったが、セラーノさんは冒険者としての傍らで聖地巡礼の旅をしてきた。というよりも冒険者の方がおまけであり、セラーノさんの一族の家業が聖職者なのだという。いわば対アンデット、対悪魔のスペシャリスト。僕達が知り合った村においても、一人で悪魔憑きの一族と相対していたところであった。
セラーノさんの武器は己の拳。拳に光属性の力を纏い殴り祓うやり方で浄化を行なっていたようであったが、形勢不利なところで加勢に入り、知り合いになったのであった。
ちなみに恋愛・結婚については禁じられていない。寧ろ希少な属性持ちの観点からもっと血族を増やすようにと親族から結婚を早くするようにとせっつかれていると愚痴るほどなので、そこは問題ない。
「うん、セラーノさんが居てくれれば心強いですね。残りのメンバーはどうしようかな」
そういい、見渡してみる。
いつものメンバーとリリーさんは参加。トトさんはニニさんとルルちゃんが居るから除外。カシスさんも身重だから駄目。グミさんは今情報を書き加えてくれているが、カシスさんを置いていくのはまたヒステリックになる可能性がある為ここに残るだろう。あとのモーリーさんは……どうしようか?
「危険な戦いだから、置いて行きたい」とは戦闘に不慣れな彼女の身を案じたクロムの発言だ。僕も同意見ではあるが、女性陣は違った。
「危険ならばこそ、置いていかれると不安で怖いものなのです」
「それに、戦場には慣れておいたほうがいいですよ。グリムの代表の一人として、いつかお願いすることが出てくるかもしれません。傷つけたくないのは分かるけどね」
ラタン姉とスズちゃんに言われ、悩んだ結果は本人の意思次第となった。するとモーリーさんは顔を強張らせながらも私もついて行きたいです、と言ってくれたのだった。