遠い日の思い出1
「えい!あっ、逃した……」
「何やってるのよエンジュ。貸して、今の仕留めてみせるから」
森の中、水飲みに降りてきた鳥を狙い弓を引くもエンジュはしくじり飛び立たれてしまった。悔しそうに渡してくる弓を受け取り、狙いを定めて、放つ。放たれた矢は弧を描き、飛び立った鳥の頭を綺麗に貫いた。それをみてエンジュは「やったあ!」と飛び跳ねて喜ぶ。
私はエンジュが7歳の時からずっと一緒だった。きっかけは戦火に飲まれた廃村で、飢えた魔物相手に1人涙をこらえながら赤ん坊の前に仁王立ちしているところに私が生まれ落ちたことからだった。残念ながら、その赤子はすでに生き絶えていたものの、持前の戦乙女の精霊という性質から私はエンジュを守る事が出来た。
「あなたのおなまえは?」
「戦乙女の精霊よ、人間のお嬢さん」
「むー、そうじゃなくて。あなたじしんのおなまえ!」
「それが個体名のことを指すのなら私に名前はないわ。それよりもお嬢さん、貴方の家族は?」
「わたしにはエンジュってなまえがあるのにあなたにはないの?……みてのとおり。みんなしんじゃった。ころされちゃった。このこも、まもれなかった」
そう言って、またポロポロと涙を流した。今となっては壊滅してしまってる村に幼い子だけでいるなんて、考えるまでもなく離別してしまっているのだとわかるのだけど、自然発生の時に得られる知識というのは
「それは、ごめんなさい。今この世に自然発生したばかりで無知な質問なんかして。……私にも行く宛はないし、よければ一緒に近くの集落を探す?」
ファーストコンタクトはこんな感じ。憐れに思われ、訪れた先の村で暮らさせてもらえることになった私達はその日暮らしの生活をさせてもらっていた。
贅沢はできない質素な生活で、いつ崩れるともしれない仮初めの平和な日々。実際に何度も飢えに悩まされたけれども、精霊魔法の適性があって、私の戦乙女の性質と相性が良かったということもあり、エンジュは丈夫に育っていった。
「剣での近接ならそこそこできるようになったと思うんだけどなぁ」
そう言いながら、先程撃ち落とした鳥を拾ってこちらにやってくるエンジュ11歳。その言葉通り、彼女の剣はその辺の大人には負けない腕前であった。
「こら。剣の腕でどうにかできる狩りなんて、向こうから襲ってくる魔物か大型の獣くらいしかないわよ。遠距離用の攻撃は覚えていて損はないんだから」
この子は剣だけではない。戦乙女の私が教えたというのもあるのだろうが、素手スキル、短剣スキル、長剣スキル、盾スキル、棒スキルをこの歳でそれぞれ中級まで会得してしまうのだから、この子の可能性はとてつもないものだった。故に別の武器の扱い方も学ばせたい、というのは私のわがままな部分でもある。
「はーい。全く、リリーはいちいち口うるさいからかなわないよ」
一緒に暮らすうちに、私とエンジュの間には絆ができ、やはり呼びにくいという理由もあってかリリーという名前を貰った。名前を与えられたことで私が私として個を得て、わがままを覚えたらしい。
普通の名無しの戦乙女の精霊は……というよりも精霊全体に言えるのだが、一個人に執着したりせずそれぞれ望まれているところに赴いてはその性質を発揮するらしいと知ったのは、エンジュが12歳になりお世話になっていた村を出て旅をするようになってからだった。
「んー、どこに行こうかな?」
「どこへでも。エンジュが行きたいところについてくよ」
この頃には、弓と槍のスキルも初級までこなすようになっていた。生活魔法以外の魔法も少しながら使えるようになり、何に遭遇しようとも私とエンジュが負けるはずがないと天狗になっていた時期でもある。
そんな折だ、あいつと遭遇してしまったのは。
稼ぎぶちを得るために冒険者兼傭兵として、戦場の小競り合いに出ることもしばしばあった。スキルからしても私達の武働は、成功しないはずがないものだ。「その働きまさに武神である」と、出身国的に味方していた、現ルベスト人民共和国の前身であるルベスト国の軍部から評価されてスカウトを受けた日のことである。
「君、強いんだね!よかったら僕と手合わせしてもらいたいな!」
おやめください、何かあっては我々の首が飛びますと周囲からの反対を押し切り、1人の青年がエンジュに声をかけた。周りの反応からしてルベストの貴族の子息であることは明らかであったし、厄介ごとは御免であると私達は一度断った。
「ふーん、怖いんだね負けるのが」
明け透けな挑発。しかし天狗になっていたエンジュには心底面白くないものだったみたいで、怪我をしても知らないんだから!と引き受けてしまった。魔法なしの、単純に力と技が物を言う武術の勝負。なんだったらハンデとしてそちらは魔法を使ってもいいと言われると、私でも腹がたつ。
手も足もでなかった。最初はエンジュだけ、次に私、最後には2人掛かりで挑んだにもかかわらず、だ。これで武術よりは魔法の方が得意だと言われたのでは、上には上がいるということを痛感した。
「うん、やっぱり筋がいい。2人とも、僕直属の兵となって頑張ってね!」
腹がたつ言葉を放ったそいつこそ、アンジュちゃんの父親であり、私からエンジュを奪った張本人。クリーブ・イレーナであった。




