懇談と歓談と
リリーさんを交えてちょっとした晩餐会を開く。その話の中でアムストルの現状を知る事ができ、アムストル出身組は各々心を痛めたようであった。
「いい街だったよね、アムストル。国境っていう立地的なことと、軍属という立場的に、中立的な街へ私が行く事ができたのは数える程だけど、潮風かおる綺麗な街並みで人柄も良くおおらかな街だった」
記憶に残る風景を思い描き、それぞれが頷く。僕も旅した中でアムストル程の記憶に残る街はそれこそスフェンくらいしか思いつかない。それほどまでに良い所であった。壊してしまったのは、僕であるというのに。
話が進み、リリーさんがこっちまでどうやって帰ってきたかの話が話題に上がると、リリーさんは雪遁走術の話をしてみせた。面々、そんなスキルがあるということは知らなかったようで僕と同様とても驚いていた。
「そんなに驚く事かな?」
「驚くに決まってるじゃないですか!ああ、ボクが旅して回っている時にそれを知っていたならこことの往来が楽になったかもしれないのに」
「でも、もしラタン姉にそれができていたら、旅の行程の見直しからキルヴィ様と出会えなかったかもしれませんよ?」
「あっ、それなら知らなくてよかったのです」
漫才のようなラタン姉とスズちゃんのやりとりを見て、リリーさんは思わず吹き出したようだった。
「ラタンちゃんは本当にキルヴィの事が気に入っているんだね。良い事だとは思うよ?」
「だからボクの名前はラタンなので……あれ、合ってるのです?そうですよ、アンジュと同じくらいかそれ以上に思っているのです!」
「そうか。強いね、ラタンちゃんは。名前付きの精霊に知り合いは何人もいたけれど、ほとんどは孤独に耐えられなくなって消えてしまったから。いつか訪れるその時まで大事にしなよ」
「言われずとも!」
その時とは、つまるところ僕やスズちゃん、ここにいる皆が死んでしまった後のことだろう。それはきっとすぐではないだろう。
それでも、グミさんやカシスさんすらも、いつかはラタン姉を置いて死を迎えるのだろう。リリーさんはなんとも経験してきたかのような言い草と以前の言動から、きっとエンジュおばあちゃんの後にも気に入った人がいて、その人も失くしてきたのだろう。
「雪遁走術っていうのが頑張れば覚える事ができるというのは本当なんですか!?ぜ、ぜひ教えて下さい!」
しんみりとした空気になりかけたところで先の話に興奮し、興味津々といった形でずいっと身を乗り出してリリーさんに尋ねるクロム。この人の怖さの片鱗を知らないからだろうけど、命知らずだなぁと思う。
「まあ待ちなよクロム、気持ちはわからないでも無いけど、当家のお客さんだからわきまえてね?リリーさんだってアムストルから帰ってきたばかりなんだから休ませてあげないと」
「こ、これは大変失礼しました。御容赦願います、リリー様」
その言葉で我に返ったのか、謝罪をするクロム。手をひらひらとしながらリリーさんは苦笑いをしてみせた。
「時々いるのよ、あなたみたいに強さに貪欲になる子。若い証拠だからいいわよ、そんなのもうなれっこだからそこまで気にしなくたって。キルヴィのお言葉に甘えて、今日はそろそろ休ませてもらうわね。話はまた明日」
「あ、ありがとうございます!」
「案内はいいわ、なんとなく間取り覚えているから」
そう言うとリリーさんは客室へと向かっていったのだった。アンちゃんが一足先に整備にかけて行ったことだし、整備は任せてもいいだろう。
◆◇◆
「あ!まってほしいの、あとすこしでおわるから!」
私が泊まってもいいと言われた部屋に行くと、アンちゃんと呼ばれていた子がパタパタとベッドメイキングをしてくれていた。
「ありがとう。それで、私はあなたのことをなんて呼んであげればいいのかな?」
「……流石に誤魔化せないかね。あの子は騙すことができたんだけども」
暫くしらばっくれた様子をしていたが、途中で諦めたのか先ほどまでの幼さはどこかになりを潜め、私がよく知っている雰囲気へと変わる。
「まったく、驚いたわよ。なんであなたがここにいるのか理解ができないんですもの、エンジュ。あなたから感じるそれは間違いなく精霊の気質だし、本当に転生ってあるのね」
その子は今しがた自分で整えたベッドにポスンと座り、真っ白なシーツへグシャリとシワを刻んだ。
「私だってあの人のことを避けていたあなたがまたここにくるなんて夢にも思わなかったわ。それに、転生ならあの人もしているわよ?」
「なんだって!?」
つい大きな声を出してしまう。
「あら、そっちは気づいてなかったのね。歳を取って勘が鈍ったんじゃなくて?」
「……あー、いや、そうか。どうしてあの子を見ているとあいつの影がちらつくのか、ようやく疑問が解決した。あの子は、キルヴィはあいつなのか」
私からエンジュを取ったあいつのことは気にくわない。私のつぶやきにエンジュは頷いた。
「自覚はないみたいだし、多分これからもあの人として目覚めることはないと思うけれど、ね。まあ、私も……これはまだ、いいか」
それを聞いてキルヴィを恨むのは筋違いであると切り替えられるほどには、やはり私も歳をとったということだろう。以前なら拒絶反応の一点張りだった。
「私が特殊なのよ、きっと。私はあなたとともに過ごしてきた、そして結婚してこの屋敷に住むようになったエンジュであり、人生のほとんどをこの屋敷で過ごしたアンジュちゃんでもあり、そしてどちらでもない屋敷憑き妖精のアンなの」
「だからか。どうにもアンジュちゃんの気配もすると思ったら混ざっていたんだね。エンジュの気配が強くてうまく読み取れなかったよ。じゃあ一応、今のアンちゃんで呼ぶからね」
「うんうん。はー、懐かしいなあ。アンジュちゃんと混ざったから、あなたと会ったことは知ってたけど、やっぱり直接話してこそよね」
「懐かしいついでに、昔話でもしましょうか?」
いい考えね、とアンちゃんが笑う。そうね、どこから思い出そうかな……
3話ほど昔話になります