カシスさん
「子供ができたって……え?」
先日のニニさん達のこともあり、とても喜ばしい事ではないかと思ったものの場の流れからそう続けるのはどうも違うようだと感じ、言葉に詰まる。
「それって、つまり……そういうことなんですね、ラタン姉」
一方でスズちゃんはその言葉ですぐに悟ったようだった。悲しみに染まった顔で気の毒そうにカシスさんの方を見る。
「頼む……そんな目で見ないでくれ」
「あっ、ごめんなさい……」
さっと視線を逸らすスズちゃん。
「いや、いい。すまない、謝られてどうなるわけでもないし、半ばこれは八つ当たりだ」
カシスさんは投げやりな感じに空を仰ぐ。まだ合点がいっていない僕にラタン姉が助け船を出してくれた。
「キルヴィ、子供はどうやってできるかわかりますか?」
僕だって思春期だ、それなりの性知識はある。流石にキスで子供はできないし、男女の営みが必要というのも理解している。……男女の営み?
カシスさんはあの時救出されて以来、とてもではないが男女の営みをできる精神状態ではなかったはずだ。それなのに妊娠しているという事は……いや、これでは肝心な所をちゃんと思い出していない。
僕は、どんな状態のカシスさんを救出したんだ?
それを見て、なぜ怒りを覚えたんだ?
そこまで考えて、カシスさんが身篭った子は望まれて宿った子ではないということにようやく行き着いた。胸がとてもムカムカしてくる。
「最初は体調不良とストレスで周期がズレただけだと思った。こんななりだがそれなりには生きているし、そんな事は何度も経験してきたからな」
カシスさんは僕が思い至ったタイミングで話をし始める。周期というものがよくわからないが、スズちゃんやグミさんが頷いているところから女性にはちゃんと分かる意味なのだろう。
「2ヶ月、3ヶ月近くがたっても起こらないことに違和感を感じた。それでもまだ信じられなくて、信じたくなくて気がつかないフリをした」
カシスさんの考えではなんだかんだ種族差もあるから、きっと妊娠しにくいだろうと思っていたというのもあったのだろう。
「そんな甘い考え虚しく、無情にもつわりが起きたのがニニさんがルルちゃんを生んだ翌日だ。まだ信じたくない、まだ信じたくないと何度思い聞かせようともつわりは起き、気持ち悪さと吐き気とともにいやでも妊娠したという現実に引き戻された」
「どうして私に相談してくれなかったのですか!?」
グミさんが半ば悲鳴に近い声で叫ぶ。
「言えるわけないだろう、こんな事。……笑ってよグミちゃん。普通の女の子として過ごす時間があんなにもあったのに、それを棒に振って変な言動ばかりして、こんな風になっちゃった私をさ」
グミさんはカシスさんにむかってバッ、と手を振り上げた。しかし、叩くわけではなくカシスさんの体を起こして強く抱きしめる。
「笑えるわけ、ないでしょう!辛かったよね、苦しかったよね。気づくのが遅れてごめんなさい。私の方がお姉さんなのに、あなたの気持ちに寄り添ってあげられなくて、ごめんなさい」
今度はグミさんが声をあげて泣き出したのだった。見ていていたたまれない気持ちとなり、つい近くにいるスズちゃんを強く抱きしめてしまう。ラタン姉もこれ以上は暴れないと見て、僕の近くにやってくる。
身近な人がこんな状態だったとなると、もしこれがスズちゃんやラタン姉だったらといやでも考えてしまう。カシスさんの時でさえ、我を半ば忘れていた状態だったのだから、僕の中で家族であり、別格である2人がそんな事になったら……きっと僕は僕ではない何かになってしまうだろう。
「グミちゃん、あのね。私、実は好きな人がいるの。でもこんな身体で好きです、愛してほしいですなんてとても言えないよぉ……」
思いのタガが外れたのだろう。泣きながらポロっと出てきたその言葉に、グミさんは一瞬だが苦味と怒り、諦めと憐憫を帯びた顔へと目まぐるしい表情の変化を見せた。優しくカシスさんを抱きしめる。
「あの人ならどんな貴方でもきっと受け止めてくれますよ。それに、経緯はどうあれ、新たに宿ったその子には罪はありません」
「でも、私は愛せる自信がない。あの人も、この子も。それにグミちゃんからあの人を取ることになっちゃう」
お互いに同じ人が好きということを否定せず、進む話。なかなか言い出せなかっただけで、わかり合っていたのだ。
「私も貴方を支えますし、それに目の前の3人を見てください。3人とも好き合っている例がここにあるのに、何か問題あるように見えますか?」
「あ……」
カシスさんはそれは盲点だったといった顔になる。
「なら、私も一緒にあの人を、セラーノを愛しても、いいの?」
「ええ。私達は2人で1人。2人で、セラーノを愛し愛されましょう、ね?」
明かされる名前。想定通りというかそれ以外の選択肢はなかったが、同時にグミさんの好きな人も確定した。2人向かい合って、抱きしめあって静かに泣く。ラタン姉とスズちゃんも、その様子に共感することがあったのか手を取り合っていた。
僕が判断を下さなくても、これなら大丈夫そうだ。ラタン姉たちを促し、そっと退室しようとした時、MAPに高速でこちらに接近してくる緑色の反応。それが示す名前に驚き、慌てて外に出たのだった。