衝撃
冬の一幕に生まれたニニさんとトトさんの子はルルと名付けられた。耳は猫とも、狼とも言えないような形であり、顔はライカンスとしては人としての要素が強い感じで、ハーフであるモーリーさんに近さを覚えた。
「ヒカタさん、本当にありがとうございました」
「いいえ、新しい命に立ち会えて私も嬉しく思えるわ。また春に会えるといいわね」
本日は快晴。クールタイムを終え、クロムと共にヒカタさんをスフェンまで送り届ける。雪が積もりに積もって町の外壁を白く染め上げていた。
「さぁ、寄り道せずに帰ろう。グリムに顔を出したいかもしれないけど、またいざこざになると困るからね」
帰っていくヒカタさんの後ろ姿を見送ると、クロムが釘を刺してくる。その時、何かに気がついたように急に振り返る。
「どうしたの?」
「いや、なんか向こうにキルヴィがもう1人いるように感じたんだけど。うーん、気のせいだよなぁ」
キルヴィが何人もいたら俺の立つ瀬が無くなるよと苦笑いをするクロム。気になったのでMAPを眺めるが、無関心の人しかいないみたいで特に気にすべき点は見当たらなかった。まあ良いかと転移をして屋敷へと帰ったのだった。
「キルヴィ……?へぇ、生きてたんだ」
だから、その声は僕には聞こえなかった。
◇◆◇
「あー!ルーちゃん可愛いのです!」
「ラタン姉、抱きつきすぎ!ルルちゃん可哀想じゃんか、こっちにも回してよ!」
「あの〜、ルルを返して〜?寝かせてあげて〜?」
「「はい。ごめんなさい」」
早いもので一月ほどが経過した。ニニさん、ルルちゃん共に健康で、特にルルちゃんは女性陣のアイドルになっていた。何かをする度に大はしゃぎをし、その度に母親であるニニさんから窘められていた。ニコニコしていて声色も変わってないのに、どこか凄みを感じる。
そんな中、いつもなら悪ノリ筆頭であるはずのカシスさんは輪の中に入らずにブツブツと何かを呟きながら、出産の時から日に日に塞ぎ込んでいた。その様子はまるであの救出直後に戻ったみたいであった。
「カシス?どうしたのですか、貴方らしくない」
そんなカシスさんを心配してか、グミさんが話しかけるも、グミさんは黙って立ち上がりフラフラとした足取りで自分の部屋に戻っていってしまった。その様子をみて和やかだった部屋の中に静けさがくる。
「まだ、心の傷は癒えきってなかったのでしょうか。ここの所はキルヴィさん達にも軽口を言えるようになってたから安心していたのだけれど」
「……そう簡単に乗り越えられる物ではないよ。私だって、まだ磔にされたことを思い出して飛び起きます。根気強く対処しましょう」
グミさんにセラーノさんが応える。その会話を聞いていたラタン姉が、しばらく何か考えた後に「まさか」と呟いたかと思うとさあっ、と顔が青ざめた。慌ててグミさんに何か耳打ちをし、二言三言会話するとグミさんも青ざめる。そしてそのまま2人でカシスさんの部屋まで走っていく。その様子をみてニニさん達とアンちゃんを除いた僕らもついていく。
「やめ、離して!やらせて!」
「待つのです!早まっちゃいけません!」
「やめてカシス!やめなさい!」
部屋まで辿り着くと何故か下着姿となって剣を持っているカシスさんが、ラタン姉とグミさんに羽交い締めにされていた。
「一体何事ですかグミ、説明を!」
尋常じゃない様子にセラーノさんが説明を求める声を上げる。それがまずかった。セラーノさんを自然に捉えた途端、2人を常識はずれの力でふりほどき、悲鳴のような絶叫をあげて自らの腹めがけて剣を突こうとするカシスさん。
だが、その刃はカシスさんの肌を貫くことはなかった。貫く前に縮地で距離を縮めた僕の手によって握り止めることができたからだ。うん、これものすごく痛い!
復帰してきたラタン姉とグミさんに再び抑えられ、地面へと組み伏せられる。暫くの間は抵抗していたが、やがて諦めたのか暴れるのをやめ、すすり泣きを始める。
「セラーノ、すみません。ちょっと話しにくい事なのです。他の方も、心配かけてしまい申し訳ありませんが、できれば席を外していただけませんか」
まるで自分の事のように辛そうなグミさんの声。何も聞き返せる雰囲気ではないと悟り、後ろ髪を引かれたようにこちらを気にしながら皆退出していく。僕も刃を握った手をスズちゃんに治療してもらいつつ退出しようとすると、ラタン姉から呼び止められた。
「キルヴィ、身をはって止めてくれてありがとうなのです。でも、ある意味では止めなかった方がカシスは救われたのかもしれないのです」
「ラタンさん、そんな言い方は!……いえ、そう思う気持ちも確かにわかります。ごめんなさいキルヴィさん。手、痛かったでしょう?」
ラタン姉の含みのある言い方とグミさんの気持ちはわかるという言葉に、スズちゃんと2人で首を傾げる。部屋の中には尚もカシスさんのすすり泣きと嗚咽で満たされていた。
「ボク達も止めていたのにと矛盾を感じるでしょう?ボクも今とても複雑な気持ちなのです」
ラタン姉は決して悪意を持ってその発言をしたわけではなさそうだった。だが、その続きをなかなか言い出せないでいるようだった。
「いい……話す。話して、聞いた上でどう執行するのか、事の発端の少年に託す」
嗚咽混じりでカシスさんがこちらへと言葉をかけてくる。事の発端?
「カシス……キルヴィさんは」
「悪くないって?わかってる!わかってるけどでも、遣る瀬ないんだ。遣る瀬ないんだよ、グミちゃん……」
再びすすり泣きの後、やっとの事で言葉を紡ぎ出した、その内容に僕は戸惑うのであった。
「子供がな、できたんだ」
 




