伏兵?
「今回の件、組織的な観点から行くと甘々です。妊娠や育児で働けないのはわかりますが、働いてない人にもお金を払うなんて前代未聞です。そんなことしてたら経済破綻しますよ」
案内を再開し始めた直後、グミさんはボクの隣に来て意見を飛ばしてくる。とても機嫌が悪そうだ。これ以上損ねないように下手な返事をしないよう気をつけないと。
「いやー、次代を増やして育てるのだって立派な仕事ですし。それに僕達の理念を再確認したらさ、泣くのはこれっきりなんだからまず隊員が不幸になったら駄目でしょ?」
「その割には後から訂正してた人には厳しかったですね。善処するって、するつもりがないでしょうに」
「あそこまで明確に従えないって言ってたのにころっと変える人を信じて、隊員として手元におけると思う?巡回して逆に問題起こすようじゃ涙増やしちゃうからね」
開始間も無くで名を落とすのは好ましくない。いや、すぐ落とすから悪いというわけでもないが。
「まあそこは肯定します。悪い方向に知名度を上げることになると思うので切り捨てるのはやむなし、ですね。しかし男性隊員にも育児休暇があるなんてやはりこれまでにないことですよ。男は妊娠しないのですから働いてなんぼじゃないですか」
むぅ、なかなか折れてくれないようだ。言っている意味はわかる。わかるのだがそれだと絶対に不公平感を感じてしまうと思うのだ。ちらりとスズちゃんの方を見てしまうと、目があってしまった。それで思考を読み取られたのか、やっぱりですかと言った顔をしてスズちゃんはボクの袖をクイっと引っ張る。
「グミさん、キルヴィ様は私みたいな人を増やしたくないと考えているみたいです。この戦乱のご時世、父親との思い出がないなんて一般的なのに」
そう言われてグミさんはあっ、と声を出す。スズちゃんはお父さんとの思い出がほとんどなかったとクロムは言っていた。口にこそ出さないが、親と過ごせない子供の悲しみを抱えていた。なのでこちらも男性本人の為というよりは、次代の為といった色が強いのだ。
「もちろん、女性と違い直接的な体の変化はないので休みの数は少なくしますが……でも、休暇があることでモチベーションが上がると思いますよ」
それが妥当かもしれませんね、とラタン姉が頷く。これは差別ではなく、区別だ。向こうから妊娠について質問があったのだからその辺は理解を得られるといいが。
「そんなの……そんなの温いというか、やはり甘いというか。……いえ、違いますね。こう言ったほうがいいでしょう。キルヴィさんは優しすぎます」
グミさんの半分呆れたようにも感じる言葉。決して褒めるだけではない、優しすぎるという評価。グリムの人々もボクに対して同じ様な感情を持ったかもしれない。
「その優しさにいつか足元をすくわれるかもしれない……けれど、とても魅力的な考えです」
そんな感じでグミさんはようやくこちらに微笑んで見せたのであった。
「ねぇスズ。もしかしたら、もしかするのですかこれ」
ラタン姉が袖を引っ張っていたスズちゃんを引っ張って前の方へと歩いていく。そして僕に聞こえない様にとコソコソと話し始めた。
「えっ、これグミさんキルヴィ様に気があったりしますか?そんな様子、今まで表立ってありましたか?」
「ボ、ボクも今必死に思い出してますがグミさんといえばセラーノさんってイメージが強すぎて結びつかないです!くっ、これ以上恋人増える可能性があるって考えていませんでした!もしそうだとして、スズは受け入れられますか?ボクは、ボク……ダメです、まだ頭が受け付けてません!」
なにやら2人がわーわーと騒がしくなる。ラタン姉が若干暴走気味に見え、2人が何を言っているか聞こえたらしいグミさんは口に手を当てながらあらあらと言って、良いいたずらを思いついたとばかりに僕にこう尋ねてくる。
「ねえキルヴィさん、興味本位で少しお尋ねしたいのですが今後交際相手を増やすおつもりはありますか?」
「いや、そんな予定はないですけど」
「あら、ふられちゃいました」
と楽しそうに笑う。そういえばグミさんがこんな風に楽しげなのは何気に初めて見たかもしれない。それにしてもふられたって……グミさんが本当に好意を抱いているのはセラーノさんでしょうに。
「油断してましたのです、気がついたら告白しているなんて……はっ!さっきそういえば言ってましたよね、年の差を気にするかもって。ボクと付き合えるキルヴィなら年の差なんて関係ない?あれ、本当に狙ってきてるのです?です?ですです?」
「で、でもでも!グミさん本気じゃなかったのか笑ってるよ?読めないよラタン姉!グミさんがなにを考えているか私にはとても!」
前を言っていた2人がグミさんをガン見していた。ひっ、とグミさんが身をすくめるほどには何故か余裕が感じられない表情であった。
「こうなれば緊急女子会を開かねばなりませんのです!キルヴィ、グミさんを借りますですよ!スズ、こっちにいい店があるので連れて行きましょう!」
「あいあいさー、ラタン姉!」
「えっ、ちょっ!お2人とも?」
何か決意した2人に両脇をガッと捕まれ、あれよあれよという間にグミさんは連れていかれてしまった。
……今回グミさんに町の案内あんまりできていないから、今度埋め合わせを考えないとなぁ。クロムはうまくやれているだろうか?そんな感じに約束していた時間になるのであった。