使用人の一歩
今回クロム視点です
キルヴィと別れた後、モーリーに町の様子を見せながら二人きりのひと時を緩やかに過ごしていた。先程ピリピリしたところを見せてしまったからその分も取り返さなくては。出来るだけ穏便に済ませたいので地図を見て赤い点を避けるように歩いていると、向こうは遭遇したようだった。
「む。キルヴィ達は早速遭遇したみたいだ。未だ敵対反応のままみたいだけど多分取り押さえてるね」
「凄いですねこの地図、自分のいる位置を中心に周りの情報を見ることができるなんて。これがあれば迷子になる心配がありませんね!」
広げている地図を覗き込み、モーリーが感嘆する。
「うん、これはとても便利なんだけど、便利すぎるから取り扱いも注意なんだ」
「え?どうしてですか?これを普及させたら世の中が変わるくらいの物なのに」
「仲間で使う分には良いんだけど、悪意ある人に拾われたらって事でね……キルヴィの地図は正確すぎてさ、これみたいに魔法文字を使っている物でなくても凄い情報量なんだ」
一人一人が分け隔てなくこの精度の地図を持っていたら、モーリーの言う通り世の中は変わっていただろう。しかしそうでないのがこの世界だ。
「初めてこの町に来た時に地図を作って売ったんだけど、ここの攻防戦が始まっちゃったからツムジさん達に回収してもらったんだよ。それ以降地図を作ってもある程度崩したりだとか、わざと間違えてる物を作るんだ。正確なのはちゃんと燃やして処分することになってる」
「あらら、それは大変ですね。それに、地図に罪はないのに処理しないといけないなんて」
「仕方ないさ……ん?この点、追いかけてくるな。勘付かれたか」
見ると赤い点の1つが此方の後をずっとついて来ている形になっていた。他の点と連携はとっていないようだが、厄介だ。
「モーリー、会敵するよ。しっかりつかまって」
「はい、クロムさん!」
さて、町の中での戦闘か。見えない鉄線を使って罠を作るのは他の人に危害を加えてしまう可能性があるから除外。相手も此方も単騎なので一対一で殴り勝つしかないか。見通しの良い所で立ち止まり、相手を待つ。
「ぅおおらぁ!」
以前キルヴィに食ってかかった、前衛的な髪型の巨漢であった。出会い頭にすでに抜き身であった両手剣で切りかかってくる。キルヴィに振るわれたものとは違い、殺意が剥き出しの剣だ。だが、騎士達のあの攻撃と比べたら鈍いものであった。モーリーを抱き抱え、距離を取る。
「危ないじゃないか、街中でそんな物を振り回して。キルヴィ様との実力差を見て懲りたんじゃなかったのか?」
無駄かもしれないが、ひとまず会話を試みる。
「よォ色男、テメェのそのキザったらしい顔が前見たときから気に食わなかったんだよなァ、腰巾着ヤロォ!」
「すまないな、生まれつきのもので。えっと、君のその髪型も独創的でいいんじゃないかな?うん」
「バカにしてんのかテメェ!」
おっと、褒めたつもりが煽ってしまったみたいだ。私に交渉事は向いてないかもしれない。諭す方向に切り替えよう。
「なぁ、すぐ剣を抜くのはやめないか?人通りが少ないとはいえここは表通りだ。他の人に迷惑だろう?」
「他人なんざどうでもいい!俺ァ俺のやりたい事をやるまでだ。そしてそれはそのいけ好かない顔を潰すこった!」
参ったな、まるで賊みたいな思考回路だ。話し合いができる相手ではない。よく今まで問題ごとを起こさなかったなと思う。キルヴィの掲げるグリムという組織にこんな奴がいて良いものか悩みどころだ。そこでようやく、僕の腕の中にいるモーリーに気がついたようだった。
「んン?お前、雌兎なんざ連れてやがるのか。そこそこ可愛いじゃねェの?夜も楽しめそうだし、ついでに貰ってやラァ」
その言葉に悪寒を感じたのか、モーリーはひっと息を飲んで身を縮こませる。
そしてそれは私の中でこいつが半殺しになったのが確定した瞬間だった。剣柄に手をかけ、魔力を増幅させて相手が吹き飛ぶ程の風圧を放つ。
「モーリー、怖いなら私が身体に触るまで、地図を見てジッとしていて。もし私が戦っている時に他の奴らが近くに来たら、キルヴィ達の方に逃げるんだよ」
「は、はい」
さて、「武器の強さに振り回されている」奇しくもこいつと私の評価のされ方は下した人が違えど同じ物であった。それが私にとってショックだったのは言うまでもないだろう。
ならば武器を使わなければ良いのか?そういった意味で発言されたわけでは決してない。武器の性能に使われている動き方から、武器を使いこなす動き方になれ、という事だ。
「やる気になりやがったってかァ?テメェもいつまでも柄を握ってねェでさっさと抜きやがれ!」
吹き飛ばしから復帰してきた巨漢からそんな催促が飛ぶ。
「いいや、このままでいい」
「アイツといいこの俺を舐めやがって、痛い目見せてやるぞコラァ!」
両手剣の強みである重さを十分に生かせる大上段で迫り来る巨漢に、私は剣柄に手をかけたまま相対する。幾太刀かその構えのままに避け、相手がようやく此方を捉えた攻撃を放つまで相手の動きをよく観察する。
「オラァ!避けるしかできねェのかテメェ!」
まだだ、まだ……相手の剣が私の頭にどんどんと近づき、剣圧ですくわれた私の髪がいくつか切られる、このタイミング。
「必要な時、最低数だけ」
私の出した結論とともに放たれるく翠の一閃。たったそれだけで相手の剣は縦に真っ二つに割れ、左腕の肉を半ばまでこそぎ落とす。既に先程同様に鞘へとしまわれている剣が振るわれたのを、相手は見ることができたであろうか?
巨漢は結構な重症にも関わらずまだ痛みを感じていないようで、ただ呆然と石畳に落ちた剣の半身を見ていた。その時、目の前の路地裏からキルヴィが現れる。人目のつかない所を縮地してきたのだろう。
「ごめん、遅かったみたいだね。でももう邪魔立てはさせないから安心してほしい」
何かを思いつめたような、やや険しい顔をして巨漢を回収するキルヴィ。どうしたのかと聞き返そうとするも、巨漢を軽く持ち上げてさっさと走っていってしまった。
「クロムさん、大丈夫でしたか?すごい一撃でした、目で追えなかったです」
終わったらしいと把握したモーリーがタタタッとかけてくる。
「あ、ああ大丈夫だよモーリー。キルヴィが何やら気を利かせてくれてるみたいだし、行こうか」
キルヴィのあの顔が気になりつつも、私はモーリーに町の良い所を案内して回ることができた。地図を見るといつの間にか赤い点は表示されなくなっていた。