相容れぬ者
グリムの面々に別れを告げた後、いよいよ自由時間となった。最初の手筈通りにツムジさんの家に集合ということで、クロムとモーリーさんペアとは別行動だ。
「クロム、地図には警戒すべき点も映るようになってるからちゃんと確認してもらいたい」
「ああ、ありがとう。運悪く鉢合わせてしまった場合はどこまでならやってもいいだろうか?」
せっかくの町デートを邪魔される可能性が高いとみて、クロムは人前であるにも関わらず素が出るほど不機嫌であった。まぁボクだって腹立たしいと思っているのだが。
「殺してしまうのは町中だし、仮にも仲間だからダメだけど、前回で力量差がわかってないのであれば多少は痛い目みてもらいたいよね」
今回敵対反応を示している中には、あの時絡んできた巨漢の名前もあった。あれで懲りていないのであれば流石に救いようがないのではと思うが、今一度だけ耐えてみる。もう一度敵対したら?……次はもう救う気がなくなるだけの話だ。クロムにそのことを伝えると、
「あいつか。手を抜かれても惨敗していたのをもう忘れたのか?腕や脚の一本は覚悟して欲しいね」
と眉間に深くシワを刻みながらそう答えられる。生きてさえいれば余命2年で完治か、激痛に見舞われる回復手段がある。それでも自分から襲いかかる事はしないように念を押しつつ、許可を出す。その時だった。ツカツカとスズちゃんがクロムの後ろに立つと、バシンと両肩を叩く。
「お兄ちゃん、怖い顔してる。ほらほらこれからモーリーさんのことエスコートするんでしょう?そんなつまらない人のために雰囲気壊されるのなんか馬鹿馬鹿しいから笑って笑って!」
アムストルの時に怖い顔をしているとスズちゃんから指摘されたことを思い出す。ああ、こんな顔をしていたのか。
「う、うん?……ごめん、ありがとうスズ。モーリーもごめんね?今日はちゃんと楽しもうか」
少し落ち着き、申し訳なさそうに差し出されたクロムの手を、モーリーさんは仕方がありませんねと苦笑して取るのであった。
並んで歩いていく二人を眺めてグミさんはほぅ、とため息をつく。
「いやぁ良いですねぇ。初々しくて、青春って感じで。私もちゃんとした恋愛をしてみたいです」
無意識なのかそんな言葉が出て、ラタン姉とスズちゃんは顔を見合わせそれは聞き捨てなりませんとグミさんの両脇を固めた。
「いつか聞こう、いつ聞こうと前々から気になってる事があるのです!」
「そうそう、この間は私達ばかり質問の中心だったから不公平ですよね!?」
「な、なんのことでしょう?」
なんだかグミさんが責められているようだが、喧嘩をしているわけではなさそうなので黙って後ろからついていく。ラタン姉はこちらをチラリとみた後、グミさんに顔を寄せ小声で話し始め、スズちゃんもそれに倣った。
「ずばり、セラーノさんとの関係なのです。ああいや、好き合っているのは一目瞭然なので今更なのですが現状から進展する気はありですか、なしですか!」
「なっ、なななななに?セラーノ?いやですねラタンさんどこにそんな証拠があるって」
「屋敷。薔薇園での二人の逢瀬が楽しみ。話も合う上に悪漢から救ってくれたヒーローなんですよね?それとも好きじゃないんですか?言い訳にできる仕事も今はないですよグミさん」
あ、グミさんがコケた。しかしすぐさま二人が脇を抱えて立ち上がらせる。
「一体どこから漏れたんですか。でもでも、私みたいな堅物、セラーノはちゃんと女としてみてくれているかわからないし……それに私、10歳くらい歳上になりますし……最近はカシスちゃんともなんだか仲が良くなってきてますし」
自分で歩く気がないのか、それともあまり力が入らないのか、やや引きずられながらもモニョモニョと何かをつぶやいているグミさん。途端にラタン姉達は顔をさらに近づけた。
「ねえねえグミさんそれボクを見て言えますか?親と子どころか人間基準なら祖母と孫くらいの差があるボクにそれ言えますか?」
「ごめんなさい同士、真顔が怖いです許してください!」
「前ある人が言ってたんですけど、それって後悔しない理由になりますか?気持ちを伝えられないまま、いつどっちかが命を落としかねないこの世界で」
「そんな馬鹿な。あのセラーノですよ?死ぬわけが、死ぬ?セラーノ、いつか死ぬかも?」
グミさんの言葉だけ聞こえてきた。今日明日の話ではないが、セラーノさんが戦場に出る可能性が今後もあるのでありえない話ではないだろう。現にアムストルの時にはあれだけ酷い拷問を受けていたのだ。回復魔法が間に合ったと言うのもあるが、生きていたのはセラーノさんの生命力と精神力の強さのおかげだろうし。
「それにもう一度言いますが、ボク達を見てください。二人ともキルヴィと付き合っているのですけれど?」
「セラーノさんがカシスさんと仲が良い?いいことじゃないですか。それだけ魅力的な人なんでしょ?素直になって見てくださいよグミさん!」
建物の角を曲がったタイミングだった。3人が仲良くしているところを、無粋なナイフがいくつも飛んでくる。そのコースは間違いなくラタン姉達に向けられたものだった。
「今いいところなんだから邪魔をするな、なのです」
しかし害意がダダ漏れだったために死線を何度もくぐり抜けてきた僕達にとっては丸分かりで、ラタン姉はナイフが飛んできた方向を全く見ずに刃先を掴み、即座に全て投げ返してみせる。そしてスズちゃんの追撃の投石。手に深々と突き刺さったナイフと膝の皿を的確に狙った石を受け、くぐもった声を上げて倒れこむ襲撃者。
僕はといえば女性陣の実力から大丈夫だとわかっていたため、守りに行くということはせずに他の人には目立たないように気配を消しながら襲撃者の後ろに縮地。蹴り転がしてうつ伏せになった所を首を踏んで抑える。
「やあ、いい天気だけどこんなところに倒れこんで具合でも悪いのかな?僕本人には接近戦で勝てないにしても、遠距離から、それでもって連れの女性だったなら勝てるとでも思った?」
大丈夫とわかっていても、僕の大切な人達に危害を加えようとした事実は変わらない。さあ、お話の時間だ。