閑話 心配性のお姉ちゃん
キルヴィ達が出かけてから半日が経ち、日もすっかり傾いてきた頃、ボクは頭をかきながら屋敷の中を行ったり来たりしていました。
しまったのです。クロムではキルヴィの行動に対しての判定が甘いではないですか。アムストルからの経験を全く活かせていない事になります。
いや、でもですよ?それをいったら死にかけたくらいなのですから流石にクロムだって反省したはずなのです。モーリーの事もあるので無茶をせず、使用人としてちゃんとキルヴィの事を諌めてくれるでしょう、たぶん。
でもでもやっぱり、2人とも男の子だからなぁ。今からでもスフェンに行きましょうか?……キルヴィのおかげで感覚が狂ってますが馬を使った従来の移動なら、最短でも1日かかっちゃいますね。今出たところでキルヴィ達が帰ってきた頃にボクだけ町にいることになりかねません。
「ああもう、どうすれば良いのですか!」
「ラタン姉、どうしたの?さっきからウロウロして」
屋敷の中をずっと歩き回っている様子が気になったのでしょう、スズがボクに話しかけてきました。その後ろにはモーリーもいます。
「あの2人で行かせたことは失敗だったかなと考えていたのです。まーたなにか大ごとにしていないか心配で心配で」
「あー、前がそうだったからね。でも少しはキルヴィ様やお兄ちゃんの事を信用してあげてよ、もう大きいんだからさ」
「ボクから見ればキルヴィもスズも、もちろんクロムだってまだまだみんな子供なんです」
そんな事を言っているとモーリーがこっそりと笑っていることに気がついた。そちらに目をやるとモーリーは口を開きます。
「ラタンさんは、キルヴィさんの事が可愛くて愛らしくて仕方がないのですね」
そ、そんな風に改めて言われると恥ずかしいですね。
「でも、キルヴィさんだってあの人だっていつまでも子供ではいられない。時とともに経験を積んで、落ち着いて行動できるようになっていくものなんですから」
「わかっているのです。わかってはいるのです。やんちゃで、何にでも興味を示して遊びまわるようなお転婆だった子が、いつの間にか大人びていき、やがて婿を取り家庭を持ったのをボクは見てきましたから」
ふっとモーリーから視線を逸らし通路の奥を眺める。偶然なのでしょうか?その視線の先をタイミングよくアンがパタパタと駆け抜けていきました。
「ラタン姉、それってアンジュ様の話?」
スズの言葉に頷きます。それに対してスズは信じられないと反応を示しました。……お茶目なところは晩年にも見せていましたが、それを感じさせないほど淑女たる者の身の振る舞いをしていましたからね。幼いキルヴィ達を前に大人であろうと格好をつけていた部分もあるでしょうし、お転婆と言われてもピンとこないのでしょう。
「アンジュ様、ですか。とても返しきれないほどの恩を受けた、素晴らしい人であったとクロムさんから伺っています。良ければアンジュ様について聞かせてください」
モーリーからそうせがまれる。あの子と直接面識がないのに関わらず、積極的に知ろうとしてくれるのはあの子の幼馴染として嬉しく思います。
「そうですね、アンジュはーー」
そこから外が真っ暗になるまでボクの昔話は続きました。知っている話はスズも相槌をついてくれたので時間が経つのがとても早かったのです。スズが夕飯の用意をしてくると離れるまで、全く周りが見えていませんでした。
「もうすっかり暗いのです。あの子達全然帰ってこないですね……それはともかく、明かりを灯しましょうか」
いつも腰元に下げているランタンに息を吹きかけ、魔法で屋敷全体の照明器具に光をつけます。出来具合に満足し、頷いているとモーリーがランタンを指差しました。
「ラタンさんは常にそのランタンを身につけていますけど、邪魔になったりしないのですか?」
「ボクにとってこれは体の一部みたいなものですから、邪魔になんか感じた事はありませんよ。モーリーも尻尾や耳を邪魔と思う事はないでしょう?」
ランタンは自己の発生と同時に持っている、夜灯の精霊にとってアイデンティティであるものなのですから、これなくして夜灯の精霊とは言えません。出回っているような普通のランタンとは色々と異なりますしね。
「これらと同じようなものって事ですか。体の一部と言われてもなかなか腑に落ちないのは、よく知っている道具にしか見えないからなんでしょうか?」
そういいながらモーリーは自らの耳と尻尾を触っています。……毛並みもよく、とてもふわふわしてますね。無機質にみえて、手触りもやっぱり無機質なボクのランタンと比べると、腑に落ちない気持ちもわかります。ケシテウラヤマシクナンカナイノデス。
表で物音。どうやらキルヴィ達もようやく帰ってきたみたいですね。慌ただしい気配もないですし、2人ともちゃんと無事のようです、一安心。モーリーと暖かく出迎えてあげましょうか。
心配事に潰されそうになっていましたが、過ぎてみれば平穏な日々でした。できるならばこの平和で暖かい時間をずっとかみしめていたいものです。