師走の候
思いがけないデートの日から2日後の朝、少し雪がちらつく中ツムジさんとの約束を果たすべく縮地を使いながらスフェンの町まで移動する。今回はラタン姉もスズちゃんも屋敷で留守番だ。とはいえ、1人ではない。
「この速度で移動できるのはやはりすごいな。他をさておいてでもこれだけでもどうにか真似できないものか……」
僕に掴まりながらそんなことを言っているのはクロムだ。例の如く僕1人でどこか行くのは危なっかしいとラタン姉に言われ、お目付役として付いてきた形となる。
「風の魔法と移動系は相性いいと思うからやり様次第じゃないかな?魔法として放つのは苦手でも、剣にやってるみたいに魔力を纏うことはできるんでしょ?」
そう返すとクロムは少し考え、苦笑する。
「複雑な魔法を使いこなせるキルヴィにはわかんないかもしれないが、制御し続けるのはやっぱり難しいよ」
ならば諦めるのかと尋ねると、逆にやってやろうって気になったと不敵な笑みを浮かべられた。
縮地を続け、あと少しでスフェンというところで、クロムはそういえば、と話をふってきた。
「傭兵団の結成なんて、よく考えたね。集団戦は不得手だったろ?だから今まで個人か少人数でこなしてきたんだから」
「だからこそだよ。少人数では限度があるって感じたんだ。それにリリーさんだって、あの騎士のオスロだって、個人でも十分強いのに軍を率いているのには理由があると思うし」
「でも人数が増えるほど思い通りには動けなくなるだろう?その辺は大丈夫かい?」
「正直不安ではある。僕のことを英雄だとこの辺りの人は慕ってくれてはいるけれど、それはかつての僕であってまだ人の範疇だと思ってくれているからこそだ。今の力量を知ればアムストルの人々の様に化け物と呼ばれるかも知れない。かといってある程度は力を使わなければ率いる力量がないと見なされてしまうだろうし。だからそこはどうすべきかを補佐してくれないかな?」
縮地を中断し、上目遣いでクロムの方へとむきなおりお願いをする。
「私がかい?……ああ、いいとも。やってみせるからそんなすがる様な顔をしないでくれ。ズルいぞ、そんな弱気な顔なんか滅多に見せないくせに。断れるわけないじゃないか」
「ありがとうクロム。やはり君は頼りがいがある兄貴分だよ」
お礼を言うと、苦笑いを浮かべながら私は使用人で君はその主人なんだから、もっとしっかりしてくれよと肩を叩かれた。
「待っておりましたぞキルヴィ殿!」
スフェンの門までくると、ツムジさんと一緒にラドンさんが待ち構えていた。どうやら早朝からずっとここにいたらしく、上司が近くでそわそわしているのを門番さんが居心地が悪そうに眺めていた。
「お待たせしましたラドンさん。その様子ですと聞くまでもないでしょうが、お話はどうなりましたか?」
そう尋ねると肩をがっしり捕まれる。そしてラドンさんはこうべを垂れた。
「恥ずかしいことだが、全力で甘えさせてもらうよ。これで彼らを労うことができる。しかし今日からかき集めに行くのだろう?周辺の村といっても点在しているのだ、数日くらいかかる見通しだろうか?」
「ラドンさん、さっきも言いましたがキルヴィ君がいれば今日中にでも終わる筈ですから心配は要りませんよ」
「だからそれは手分けをするということか?ツムジ殿はともかくとしてキルヴィ殿はこの町のものには顔が割れているが、流石に周辺までは浸透していない。いくらソヨカゼ商店の組員だとしても他所者に物資を売ってくれるほど甘くはないと思うのだが」
「手分けをするわけではなくて……うーん、どう説明をすれば良いものか」
どうやらツムジさんは話を進めてくれていた様だったが、僕の力についてはうまく説明できないでいる様だった。体験したもの同士であるならば楽なのだが、縮地や転移はどう説明するか難しいのだろう。
「ラドンさん、今日中に終わるからくりは実際に体感したらわかるかと思います。一緒に来られますか?」
「ああ、私にも手伝えることがあるかも知れない。同行させて貰えるかな?ならば早速馬を取ってくるよ」
「ああ、馬は必要ありません」
その言葉に訝しげな表情を返してきた。僕達の返しにだんだんと機嫌が悪くなっているようだった。
「必要ない?そういえば、ツムジ殿。馬車はありますが肝心の馬がおりませんな。合わせてどうするおつもりか?……もしや、私は騙され、ぬか喜びさせられたのではないか」
ツムジさんは馬二頭で引くような大型の馬車を二台、用意してくれていた。ちゃんと僕が間で手を伸ばせば両方とも触れられる幅のようだ。流石はツムジさんだ。僕が馬車を触ったのを見て、クロムもツムジさんも僕の腕を掴む。
「ラドンさんもキルヴィ君に触れて下さい。そうすれば自ずとわかりますから」
ツムジさんの言葉に、疑うような表情をしながら僕に手を伸ばす。
◇
「ありがとう、良い冬を!」
「こちらこそ、村が潤ったよ。困った時はお互いさまだ。いつもありがとよツムジさん、そちらも良い冬を!」
これで最後の村だ。何度かスフェンに戻ったものの今も馬車ははち切れんばかりに荷物で溢れている。流石にツムジさんの家にも置けず、スフェンの外に僕が魔法でいくつか蔵をこしらえざるを得なかった。
「とても信じられん……こうして体感したにも関わらずだ。キルヴィ殿、あなたは天が人の世に遣わした子なのかも知れない」
「やめて下さいよラドンさん。そんな大袈裟な存在じゃないです。小さな英雄でも十分なんですから」
ラドンさんはというとはじめは言葉も出ないといった様子だったが途中からはずっとこんな感じになっていた。化け物扱いではないものの、これはこれで困った反応であった。
「ともかく、これで越冬は大丈夫ですかね?彼らの寝泊まりする場所はあるんですか?」
「それは戦争時の仮設小屋も、兵舎もあるからなんとでもなるさ。まぁでも、蔵の見張りを立てねばならんな。キルヴィ殿、蔵の近くにもう1つ小屋を建ててくれないだろうか?」
「ええ、それくらいならすぐにでも。冷える土や石造りで申し訳ないですけどね」
「いや、本当に助かるよ。そうだ、彼らに会っていくかい?君のことを話したら彼らも会いたがっていたよ」
「そうですね。僕も会えるなら会っておきたいと思っていました。是非お願いします」
縮地を使いスフェンの町まで戻った後、積載した物資を蔵へと荷下ろしするタイミングでラドンさんは呼びに走っていった。荷下ろしはツムジさんとクロムの2人に任せ、僕は小屋の製作にかかる。
広いと中が温まりにくい。あまり大きくない方がいいだろうか?高熱を作れるスズちゃんがいればガラスも用意できたが、今回はいないので窓は木造のものでいいだろう。目を閉じながら人の住める間取りを思い浮かべ、構想し、形にする。
目を開くとそこには想像通りの小屋が作られていた。中に入り壁や柱を軽く叩いて様子を確かめる。強度も問題なさそうだ。これなら喜んで貰えるだろうか?ラドンさんの戻りを待ちつつ荷下ろしを手伝いに蔵へと移ったのだった。