物語の英雄
突然長いこと更新せずに申し訳ありません。
年末年始にむけ更に仕事が忙しくなっており更に不定期となりそうです
「貴方ー?帰りましたよー?」
「おや、おかえり。今日は随分と早いじゃないか。どうしたんだい?」
「誰も立ち寄らないしチビちゃんはお菓子が欲しいと愚図るものだから早めに店じまいしてきました。いっそのことこのまま本屋さん閉めてしまおうかしら」
おじさんから焼きたてのお菓子をもらった後味についての感想を述べ、気に入ったのでお土産にと追加で焼き上げてもらうことにした。焼き上がりを待ちながらしばらく店内を物色していると、店の奥の居住空間へ帰りを告げる声と共に男の子を抱えた本屋のお姉さんが入って来たようだった。夫婦の会話をしつつ、外套を外しながら表までやってくる。
「あら、お客様……ってまあ、まあまあまあ!お元気そうで何よりです、英雄さん」
お姉さんは僕を見て、それからラタン姉を見、もう一度僕の方を見て嬉しそうにそう言ったのだった。この町の人はどうもラタン姉が近くにいることを基準に僕のことを覚えている節があるなぁ。ある意味では僕よりもラタン姉の方が有名なのかもしれない、彼女も英雄の1人なのだから間違いでもないが。
「ご無沙汰してますお姉さん。そしてこちらは初めましてかな?」
僕が抱えられている子の方を見ると、その子はお姉さんに強くしがみついてみせた。あらあら恥ずかしいのかしらとお姉さんが笑う。
「坊やの好きなお話に出てくる本物の英雄さんだよ?ちゃんと挨拶できるかな?」
そう言われ、おずおずとした様子で挨拶をしてくる。それ自体は微笑ましいのだが、ちょっと今聞き逃してはいけない言葉が発せられた気がする。
「気のせいでしょうか、今お話に出てくるって言われたような」
「あら、知らなかったの?当時の戦闘参加者の有志によってこの町での戦いは絵本になってるのよ。ここじゃあ知らない人はいないわ」
全く知らなかった。そんなことになっているならツムジさん達も教えて来れてもいいのに。
「まあ、でも普及しすぎちゃったから売れなくなっちゃったんだけどね。その時くらいよ、本屋のほうが繁盛してみせたのは」
あの戦争に関することなので当時を知る人々にとってその絵本は識字率に関係なく売れたらしいが、文字が読める人があまり増えないからと相変わらず苦労しているらしかった。
「失礼ですがその話を詳しく。本は何冊くらい残ってますか?内容はどれくらい鮮明でしょうか」
今の話にいつもは大人しめのスズちゃんが珍しく食いついた。その剣幕にあてられ、坊やはおじさんの元に逃げていってしまうほどだった。お姉さんもやや押され気味だったが視線を斜め上に流し、在庫を思い出そうとする。
「え、ええと確か10冊くらいだったかしら?大体は同じだけど内容はまちまちよ?書いた有志それぞれの視点も加味されてるから。でもそうね、絵もあるし全部合わせて見たらあの時のことはよく伝わってくると思うわ?」
印刷物ではなく全部手作りか。作者の視点がそれぞれに加味されているというのは物語としてはややまとまり性がないのかもしれないが、お姉さん自身が言ったように当事者は文字を読むのではなく、あくまで何があったか思い出すためのとっかかりにして読み聞かせしているのだろうな。
「書います。全部。これで足りますか?余ったとしてもお釣りはいりませんから下さい」
またもや珍しく、僕らに相談もせずに即決してみせる。金貨を3枚、絵本を買うとしたら明らかに代金以上のお金をお姉さんに押し付けると今度こそお姉さんはへたってしまった。僕らが呆気にとられているとスズちゃんがやり遂げたような表情でこちらに振り返った。
「せっかくこの町皆の心に残っているキルヴィ様の活躍なのですからこういうものこそ残していかないといけないと思うのです。私なら字も読めるので読み聞かせもできますしね」
僕としては気恥ずかしいのだが、そういうものなのだろうか。いずれにしてもスズちゃんが自分を通そうとするのは珍しいことなので止めないであげたい。
「あはは、相変わらず規格外だねあなた達は。はぁ、今でも貴方達が私のお店に訪れた頃を思い出すわ。思えばアレが私の人生の転機だったのだもの。あの巻物やインクは今も役に立っているかしら?」
お姉さんが立ち直り、脱ぎかけていた外套を再び羽織り直しながらそう尋ねてくる。帰ってきたばかりだというのに今からお店までその本を取りに戻ってくれるようだった。スズちゃんもそれについていこうと外に行く用意を始める。
「おかげさまで。当時のインクはとうの昔に使い切ってしまいましたがどちらも今の僕にとって必要不可欠なものですよ」
魔法陣の作成は僕のスタイルの基点だ。これがなければ僕は下手したらあの時のまま投石だけが攻撃手段だったかもしれない。戦闘面だけの話ではない、快適な旅路を送れてきたのは魔法陣やストックしてきたスクロールの影響が大きい。そういう意味では僕もお姉さんに出会えたのは運命の分岐点だったのだろう。
「じゃあ、少し待っててね。すぐにとってきますから」
「いってきます、キルヴィ様」
そう言ってお姉さんとスズちゃんは出かけていった。そこに入れ違いとなる形で人が入ってくる。またも顔を知っている人であった。
「繁盛しているようだな」
装備こそ以前よりも良いものに変わっているものの、やややつれた様子のラドンさんの姿がそこにはあった。




