プロの目
「やあ、荷物なら用意してあるよ。……どうしたんだい?なんだか疲れているようだが」
ツムジさんの家につくと庭先に多くの物資が用意されていた。その傍にいたツムジさんがこちらに声をかけてくれる。なんでもない、大丈夫だということを手で返す。
「相変わらず仕事が早いですね。まだまだ現役じゃないですか」
ラタン姉がそういうが、静かに首を振られる。
「今回のはナギが率先して動いてくれたんだ。もう俺が教えることもない。近いうちにあの子がこの商会を引っ張っていくことになるだろうな」
自分の娘の後継者としての成長に嬉しそうな、そしてどこか寂しそうな顔をしながらそういうツムジさん。心なしかその姿は小さく見えた。
「ボク達、この後少し休んでから町を見てきたいのです。荷物は夕方くらいまでここに置いていても良いですか?」
「構わないさ。そうそう、ナギがキルヴィ君がきたら自分の部屋に来て欲しいと言っていたよ。顔を出してやってくれないか」
ラタン姉達に視線を送ると2人からひらひらと手を動かされた。ここで待っているから行っておいでということらしい。手を振り返してナギさんの部屋に向かう。
ノックしてからドアを開けると、そこには安心しきって寝ている子を抱えながら優しい顔のナギさんの姿があった。
「いらっしゃい……あら、おめでとうって言ってあげようかしら?どっちかしらね、スズちゃん?それともラタンさん?もしかして両方かしら」
部屋に入るなり、そんな事を聞かれる。
「いったい何のことでしょうか?僕と2人がどうかしましたか?」
何か勘付かれていると内心驚きながらしらばっくれる。そんな様子を見て可笑しそうにナギさんは笑う。
「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないの、私とキルヴィ君の間柄でしょうに。でもそうね、その様子からすると2人共って事かな?」
どういう事なんだ?2人と付き合い始めたなどと屋敷にいたわけでもないナギさんが知り得るはずがないのに。
「何故わかったかって顔をしてるねキルヴィ君。……貴方、両方の袖が伸びちゃっているの気がついてる?よほど好かれているのね」
言われて手元を見ると、確かに非対称、歪に伸びてしまっていた。2人にしっかりと掴まれていたのが理由だろう。こんな些細なところに気がつくとは、流石は服飾のプロ、全身を一瞬で観察したという所だろうか。お手上げ、参りましたと両手をあげる。
「観察眼、お見それしました。ええ、御察しの通り付き合い始めました」
「ふふ、おめでとう。どちらも可愛いから狙われやすいわよ?ちゃんと男らしく守ってあげてね?」
言われずとも。2人に危害を与えようとする奴は僕の全力を持って対処するつもりだ。
「おっと、本題を忘れちゃうところだった。お姉ちゃん達の事なんだけど。この間は中途半端で切れちゃったからね。向こうであった時、見た目に変化ってあったのかな?」
見た目の変化か。イブキさんは右目を失っていたと言った。眼帯をつけていたので覚えている。ウルさんの事は生前の姿を知らないが、子供の姿ではなく、生きていたらそれくらいの年齢だろうというような大人の姿に成長していた。ツムジさん曰く、旦那様……つまりはお父さんに似ているようだ。その事を伝える。
「成長していた?アンデットは成長しないって話を聞いたことがあるんだけどな。わかった、アンデットの特殊ケースとして私も情報を集めてみるよ」
遠くまで知名度を持つような、影響力の高い商人の耳があるのは心強い。お願いしておく。どんな風にするかのやり取りをし、話題は世間話へと移っていく。
この後冬の町を見て歩くと言うと、この季節ならとお勧めの店を教えてもらった。更には2人に似合いそうな可愛いアクセサリーも譲りうけてしまう。
「お姉ちゃん達の様子も気になるけど、まずは目先の幸せを噛み締めてもいいと思うな。今というときは戻ってこないんだから!」
別れ際ナギさんからそう言われ、自分のあり方をもっと楽しい方向にしようと決意し、僕を待つ人の元へと歩くのであった。