スフェンまで
「じゃあ今からツムジさんを迎えにいくけど、ついてくる気がある人は?」
今日はツムジさんが物資を揃えてくれると約束した日だ。行きは縮地で、帰りは物資を持って転移でと考えている。そうすれば最悪、不測の事態が起こったとしても転移をするか大技を使うだけの余力を持てるからだ。
僕の問いかけに対し、手を挙げたのはラタン姉とスズちゃんといういつもの2人だった。セラーノさんの方を見るも、まだ町のような人混みは避けたいといった表情が見てとれる。
「留守は任せてくれればいい。3人で多少なり羽を伸ばしてきては?」
クロムがそう言ってくる。その隣にいい顔をしたモーリーさんがひょっこりと現れた。
「じゃあ、デート楽しんできてね3人とも!」
ぶっ!?思わず吹き出してしまったではないか。周りを見ると微笑ましげにこちらを見つめる視線ばかりだった。
えっ、なに?僕と2人が付き合い始めたということが漏れたということか?情報源がクロムかとそちらを見ると、自分じゃないとブンブンと首を振る。となると、必然的にこの2人から漏れたとみていいだろう。そちらをみやるとラタン姉は音のならない口笛をふいてそっぽをむき、スズちゃんはいい笑顔で返してきた。あ、情報元完璧にここですわ。
「いいじゃないですか、一緒に暮らしている以上いずれバレるんですから。否定的な方もいませんでしたし!」
ラタン姉が開き直った様子でそういうが、なんというか恥ずかしいじゃないか。2人は恥ずかしい気持ちがすでにないのだろうか?
よくよく見ると未だに僕に向かって満面の笑みを浮かべているスズちゃんの耳が真っ赤になっていた。どうやらスズちゃんに恥じらいはあるようだ。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまう。
「……はいはい、ラタン姉がそう思うならそういうことでいいよ。じゃあ、行ってきます」
「ボクの扱いが雑です!?むー、キルヴィはなかなか気難しい子なのです」
そう言いながら僕の肩に手をおくラタン姉。遅れてスズちゃんも僕の手を大事そうに握りしめてくる。僕は屋敷の皆に手を振った後、縮地で移動を開始したのであった。
「キルヴィ様、先ほどの件はご迷惑でしたか?」
移り行く景色の中、スズちゃんが心配そうな声でそう訪ねてくる。
「んー?まあ皆が既に知ってるなんてと驚きはしたけどさ。ラタン姉の言う通りそのうち嫌でもバレるから別に気にしていないさ」
「そうですか、良かった」
その言葉にスズちゃんはホッとしたようだった。うむ、僕の妹分にして彼女は可愛いなぁ。対してラタン姉はやや膨れた様子になる。
「ちょっとキルヴィ、それならボクにも優しくして下さいよー」
はいはい。空いてる方の手で僕に触れているラタン姉の手を優しく撫でる。んふー、と満足気な声を出すのだった。
あっという間にスフェンまで到着する。このまま縮地で入るのも可能ではあるが、やはり正式に入場したほうがいいだろうと思い門で手続きを行う。
「スフェンにようこそ。いや、こう言わせていただきましょう。お帰りなさい、小さな英雄殿」
僕は覚えていないものの、今日の門番さんはかつての僕の事を知っている人だったようだ。嬉しい気持ちで門をくぐる。
悪寒。
すぐさま2人を掴んでその場からスライドするように縮地。
……いや、そうしたつもりであった。思考から行動までの僅かな間に割り込まれ、実際にはなにもできていなかった。
「動いたら怪我するわよ」
女性の高い声でそう警告される。鋭く冷たい光を帯びた短槍の穂先は、首にあたる手前でピタリと止まった。この状態になるまでまるで気配を感じなかった。たらりと冷や汗が流れる。
「あら?ごめんなさい、昔の知り合いの気配にあまりにも似ていたものだから、つい癖で」
「なっ、ななな……危なじゃないですか!」
その人は謝りながら槍を下ろした。慌ててラタン姉が僕を庇うように前に立ち塞がる。その顔を見て、相手は何か思い出したような声を上げる。
「あら……あなた昔アンジュちゃんと一緒にいた夜灯の子じゃない!ということは君、あの時の子なのね?」
僕に槍を向けていたのは私服姿のリリーさんであった。