閑話 第一歩
番外編なのです。その頃のウル達の様子は?
「義弟はどうやらもうこのあたりにいないみたいだね。絶望する前に立ち直ってしまったのか、残念だなぁ」
生きるものの気配がなくなった、かつてアムストルの町であったはずの荒地で二つの影が会話をしている。
「あの子がこの澱んだ世界に生きている以上、いくらでも機会はあるわウル君。次に期待しましょう、ね?」
子供っぽい拗ねかたをしていたウルに対しイブキは暗い笑みを浮かべながらそう答えた。ウルは思い通りにならなかったと少しばかり膨れた様子であったものの、すぐに気持ちを切り替えたようだった。
「仕方がないか。今はこの、何もしないでも大量に手に入れることのできた魂と、アムストルの地で我慢しよう」
本に記されていた魔法の力で今やこの世にウルのことがアンデットだと覚えているものなどいない。アンデットの殺人衝動を起こさないと約束をしたツムジとて、ウルのことどころか実の娘のことすらろくに覚えていないことだろう。ここからは好きにやらせてもらうといった様子だ。
「さて、ここの魂もあらかた回収することができたかな?これだけの魂があれば僕も彼に近い力を使えるくらい成長できると思うよ。しかし生身の人間が1人でここまで出来るなんて、キルヴィ君はつくづく化物だなぁ!」
ウルは義弟のあげた成果をすごく楽しそうに嗤う。短期間に無償で自分を強くしてもらえたのだ、世界征服の野望にまた一つ近づく事ができたのだと嬉しいようだ。そんな様子をイブキは自分のことのように微笑んで見守っていた。
そこでウルがふと足元を見ると闇色に光る魂が自動で吸収されることなく漂っていることに気がついた。
「おや、まだ一際暗い魂が転がっているじゃないか。回収失敗だろうか?」
ウルが吸収するべく、かがみこんでその魂を手に取ると、その魂は厳ついライカンスの顔の形になった。
「口惜しや……一太刀入れるどころかなすすべもなく我が隊が全滅してしまうとは。この無念どうして晴れようか……」
持ち上げられた事を気にもとめず、ただひたすらに無念さと恨み辛みを口走るその顔に、ウルは吸収を諦めたようだった。
「ああ、残念だ。この魂はすでにアンデット、お仲間となっていたようだ。これでは吸収しにくいな」
その魂をイブキの方に投げて渡す。危なげなく受け取ったイブキは、お手玉でも扱うかのように投げあげながら会話を続ける。
「残念ねウル君。これで回収が終わったと思ったら、こんな感じに水を差されるように終わるなんて」
そこでふと何かいい事を思いついたかのようにウルは手を打つ。
「僕とイブキだけでは物寂しい行進だったし仲間にでも誘うか」
「ええ、それはいい考えねウル君。人手があれば何かと便利だしこの個体、そこそこ強そうだし」
対しイブキは2人だけで入られたこの時間が終わってしまうのかと、言動とは裏腹にやや残念そうな顔となるのだった。心なしか放り投げかたも先ほどよりも粗雑になっているのだがウルはまるで気にせずにその魂へと語りかける。
「そういうわけだ。おい君、僕達の仲間となれ!」
ピクリ、とそれまでずっと呪詛を吐いていた顔がそこで初めて反応してみせた。ウルの方に向き直りイブキによって放り投げられた高さで浮遊をし始める。
「……何故?それは私に何のメリットがあるというのだ?」
「そんなこと知らないよ。ただ君、ドゥーチェの兵だよね?君達の国は力ある者が弱き者を従えるって聞いたことあるんだけど?舐めてるのかな?」
「お前が私よりも強いだと?ふざけるな、お前のような若造が私よりも強いなどと……」
「あらあら、この人は死してなお頭の方は弱いようですよウル君。外見で判断できるような力量も持ってないくせに。そんなんだから強さを見誤ってキルヴィ君になすすべもなく殺されたばかりなのにね!」
「貴様ら、あの化物の知り合いだというのか。ならば尚更お前の下につくなど」
イブキのその言葉にその魂は怒りを露わにしたかのように一層暗い輝きをみせた。
「お前に拒否権があるとでも?」
だがその輝きも、本物の闇の前ではくすんで見えた。
ほんの一瞬だけだが、ウルがその身に蓄えた力の一部を威圧として解放してみせる。そこで初めてこの魂は、自分が恐ろしいものと対峙していることに気がついたのであった。
「あらー、今更ですか。ウル君、こんなに鈍感な奴では私的には仲間にするの躊躇ってしまいますわ」
怖気付いた様子にクスクスと笑ってみせるイブキ。そんなイブキにまあまあと言いながらウルは威圧を解いたのであった。
「こんなのでも頭数揃えるのには役に立つだろうしさ。それに下手に賢いよりも脳筋の方が使いやすいとは思わないかい?」
「それでウル君がいいのであれば、私は従います」
自らの処遇なのにこちらの都合をそっちのけで話始めた2人に対し、その魂はようやくといった感じで言葉を絞り出した。
「貴様らは、一体」
「僕?僕はウル。いつかこの世を統べる王となる男さ。これはイブキ、僕の大事な大事な……駒さ。さあ君の名前は?忘れたなら適当につけてしまうけど」
大した配下も無しに世界征服などとんだ話だ、と魂は思った。こいつが自分より強い事は確かだろう。だが、世の中には上がいる。百聞や帝国の切り札のあいつにはまだ手の届かない強さに過ぎないだろう。その程度の強さでその言動はあまりに世間知らずだ。
だが、不思議とこの男についていくのも悪くないと感じてしまった。それ故に魂は名乗ることにした。
「ガーランド。我が名はガーランド・ルマニアです、我が君」
我が君と呼ばれた事が嬉しかったのか、ウルはその場で飛び跳ねて喜びを表した。
「ガーランドかぁ、いい名だね!気に入ったよ。よろしく頼むよ」
そして跳ねるのをピタリと止めたかと思うと結局仲間にするのねとやや膨れた様子を見せるイブキに向き直る。
「その格好はさぞ不便だろう?僕の力で君に仮初めの体を作ってあげよう。イブキ、何かいい案はないかな?」
「……ガーランドはライカンスなんですよね?せっかくですし、獣らしさを前面に出した感じにしましょうよ。任せていただいても?」
「ん、許可するよ。よかったねガーランド!」
イブキがガーランドの魂へと手を伸ばす。その時眼帯が外れ、虚となった眼窩に赤い光が灯った。赤黒い霧が湧き出し、ガーランドの魂を覆ったかと思うと次の瞬間にはイブキの前に黒い鬣を持った立派な獅子が佇んでいた。
「これが私の新たな姿というのか……」
「馴染まないようなら言ってちょうだい。まだ調整できるから」
ガーランドが自分の体を動かすのを、真剣な眼差しで見つめるイブキ。自分の仕事の出来を確かめているのだ。
「へぇ、カッコいいね。流石イブキちゃんだよ!いい子いい子」
ウルがそういってイブキの頭を撫でる。途端にイブキは「頑張りました!」と表情を崩し、満面の笑みでされるがままに撫でられるのであった。
かくして、戦場跡のこの荒地を足掛かりとしたウルの世界征服の第一歩が刻まれたのであった。




