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MAP機能で世渡りを  作者: 偽りの仮面士
2区画目 少年時代
153/302

迎える朝

いつも通りだけど、いつもと違う朝。

思いを告げた後の2人とは今まで以上に親密になれた気がする。今も2人の温もりを感じているくらいだ。


「くしゅん……体に力が入らないのです。頭もボーッとするのです」


「ケホッ、寒気がすごいです。も、もっと暖めてください」


「視界がブレる……ヤバい」


2人の辛そうな呻き声を両方から浴び、僕もつられてガラガラ声で体調を呻く。


説明をすると今は3人並んでベッドに寝かされている状態であった。冬の寒空の下、外で寝るんじゃなかった。朝になって気がついたクロムが大慌てで僕達を屋敷の中にあげてくれなければ、下手をすれば凍え死んでいたことだろう。そんなことを考えているとお湯とタオルを持って当人がやってきた。


「よりにもよって火の使い手2人とこの屋敷の主人が揃ってなにやってるんだい、全く……風邪を身重のニニさんにうつす訳にもいかないから、せめて今日だけでも安静にしてる事」


「病みあがりなのにごめん、クロム」


傷こそ残っていないが、まだ身体中痛いだろうによく働いてくれていると思う。本来クロムの方こそ寝ていないといけないのに申し訳ない。


「あーあー、声を出さないでいいから。私の治療による疲れ目に、いい事があったっていう気の緩みのせいだろうし、多少はね」


「さて、なんのことやら」


特に何があったと告げてはいないが、どうやら発見した時の様子からクロムにはお見通しのようであった。とはいえ気恥ずかしいのでとぼけてみる。


「今更恥ずかしがる必要なんてないじゃないか。2人の気持ちと向き合った、それだけのことだろう」


気持ちを読み取った上で言葉にしないでおくれよと頭をかく。ちらりとラタン姉とスズちゃんの方を盗み見る。息が荒いようだが寝息を立てている。どうやら寝てしまったようだった。


「これは独り言なんだが……知っての通り、私達兄妹は早くに父親を亡くしてね。私は狩に連れて行ってもらったりとある程度共に過ごす事ができたけど、スズが物心ついた頃には戦争に出ていたしスズは父さんの記憶もほとんどないだろう」


スズちゃんの頭を愛おしそうに撫でながらクロムが語り始める。独り言と言う名の、僕に対しての言葉。


「そこから母さんもすぐに病に倒れて、後は知っての通りツムジさんに拾われこの屋敷に来た」


2人の以前住んでいた村の人々は、皆自分が生きるのに必死な人ばかりであった。身寄りのない2人が商人に引き取られていくのに対し、必要がなくなったからと家のものをかっぱらっていくだけであった。


「あの時来たのがツムジさんで本当によかった。そして、この屋敷に来られて良かった。そうでなければ私も、スズもこんな風に人らしく、生きてなんかいなかったろうな」


旅をして来た中でいくらでも人買いの話は聞いたし、買われていった者の末路は飛び出す以前の僕の生活のような、散々なものであった。それこそ2人は身内びいき抜きでも美形の部類だ、需要はいくらでもあるだろう。


「私も、スズも。今はとても満たされていて幸せなんだ。それこそ隣に好きな人がいるのならば冬の夜の寒さを忘れてしまえるほどに、ね」


「知っての通りこの子は強いように見えてその実強がっているだけの寂しがりやだ。甘えたいのに、他人に遠慮してしまう優しい子だ。そして困ったことに一途で仕方のない子なんだ」


「今だけは使用人としてではなく、この子の兄として言わせてもらう。スズを任せた。どうか、1人の女の子として幸せにしてほしい……って独り言なのに誰に言っているんだろうな、私は」


冷めてしまったお湯を取り替えてくる、とクロムは扉に向かう。


「……独り言だけど。任された、兄弟」


僕はその背中に言葉を放つ。背中を向けていたので顔は見えなかったが、ブレた視界の中でなんとなく笑った気がした。


ふぅ。ツムジさんとの約束もあるし、今は治すことに専念しよう。ゆっくりと意識を微睡みに任せた。


◇ラタン視点


「んへヘぇ〜」


キルヴィが寝息を立て始めるのを確認したのか、スズが堪えきれなくなったのかそんな声を出す。ちらりと見るがすっかり緩んだ顔になっちゃって。スズはちゃんと、皆から愛されてますね。


「キルヴィ様好き〜。お兄ちゃんも大好き〜」


クロムの事を大好きと表に出すなんて、普段らしからぬ発言なのです。風邪でぼんやりしているせいか、どうやらボクが起きて聞き耳を立てているということに気がついていないようですね。


「まったく、仕方のないお兄ちゃん達で、私とラタン姉も含めて仕方のない家族なんだから」


多分考えていることが全部口から漏れ出ているんだろうなと苦笑してしまう。


この子は人の生の中で今この時を謳歌している。もちろんボクもこの瞬間が楽しくて仕方がない。


だからこそ。


ボクはこの先のことを深く考えたくない。いつかスズと語り合った時にも浮かんだ、越えられない寿命という壁。いつかはボク1人を置いて、アンジュのように皆先にいってしまうのだろうという孤独の想像。


そうなれば恐らく、アンジュの時以上の悲しみにボクは耐えきれなくなって壊れてしまうことだろう。それこそあの子のように今を生きることができない生ける亡者となるだろう。


……はて?ちらりと頭に浮かんだのは誰の顔なのでしょうか。それにあの子って誰の事なんでしょうか?


まぁ、風邪で頭がボーッとしてますし記憶の捏造かもしれませんね。おっと、この足音はクロムが戻ってきましたね。自然にみえる寝たふりをしましょう。


……寝たふりをしながらそのまま眠ってしまったと気がついたのは、日が落ちて熱が下がった頃だったのです。

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