二つの月
夜、クロムもお腹が空いたと復活したことを再度祝う。モーリーさんが泣きながらも強く抱きしめているのが印象的だった。
皆が寝静まったと思われる時間になんとなく眠れず、1人庭先に出てぼんやりと夜空を眺める。冒険していた頃と比べてここは安全であり、幼少の頃の思い出もあってか自然と心が安らぐ。今夜は珍しく赤と青、ルミアとナリエ2つの月が満月の状態で空へと浮かんでいた。
後ろ、屋敷の方から扉の開く音がする。MAPのおかげで振り向かなくてもわかる、ラタン姉とスズちゃんだ。ゆっくりと振り向くと2人とも僕を見て微笑んだ。
「何していたんですかキルヴィ?」
夜中に1人で寒いでしょうにと羽織をかけられる。
「ん。いやぁ、各地を冒険して回っていた時よりもここ最近の方が凝縮されていろんなことが起きてさ。ちょっと疲れたけどなんとかひと段落かなって」
まぁこのお守りや戦争の行方、イブキさんの事など、気になることはいくつもあるのだけど取り急ぎやらねばいけないことは全部済んだと言って良いだろう。
「キルヴィ様は色々やりすぎなんですよ!でもしばらく休憩することにしたんですよね?ね?」
スズちゃんがそう念押ししてくる。
「うん、休憩。少なくともこの冬はもう自分たちの周りの、最低限のことしかしたくないかな」
期待されるのはもうこりごり、おてあげですとバンザイしながら答えると、2人から笑われた。
「それで良いんですよ。人は、自分のことで精一杯で良いんです。誰彼問わず救えるなんて、無理なのですから」
ラタン姉からそう言われる。
「それでも、僕はここにいる皆の事は何があっても守りたいけどね」
「あら、嬉しい事を言ってくれるのです。それはボク達が仲間だからですか?」
「だいたいあってる。大事な家族だからだよ」
「家族、ですか」
家族、その言葉をきっかけに不意に訪れる沈黙。なんとなくそわそわしたような感じの空気になった。目の前の2人は素早いアイコンタクトの応酬の後、小さい溜息をついてスズちゃんがラタン姉を前に押し出す。
「んー、しょうがないなぁ。私はラタン姉の事も好きだから、先手を譲るよ」
ラタン姉はスズちゃんの方を見て頷き、小さくありがとうと添えた。
「キルヴィ、今からボクは貴方に告白をします」
告、白……?その言葉にゴクリと唾を飲み込んでしまった。いったい、僕に何を告げるというのか。いつになく真顔の彼女へと視線を投げる。
「ボクは貴方が好きです」
口から出たのはいつも聞いているような言葉だった。なんだ、それだったら僕もと言いかけたところで後ろからスズちゃんに口を押さえられる。何をするのかと目で訴えるも黙って聞いていて下さいと言われてしまった。
「ありがとうスズ。キルヴィ、ボクの好きは、ライクじゃなくてラブ……愛しているという方の好き、です」
愛している?この僕を?
「あなたが決めた道がどんなに険しく、例え化物と後ろ指を指され人に嫌われることになるような暗い道でも、ボクが照らしてみせますから……!どうか、ボクをキルヴィの側に置いて下さい。あなたが生きている限りは、貴方とともにいましょう」
返事を言えないで口をパクパクさせるほかなかった。そうしているうちに次はスズの番です、と既にやり遂げたというような優しい顔でラタン姉はスズちゃんを手招きする。
「私も告白させてもらいます。私も……いえ、私は!スズはキルヴィ様のことをお慕いしております!とはいえ、私は使用人の身。1番でなくとも……いや、やっぱり1番が良いですけども!……叶わないのであるなら少しでもいいのです、愛していただけないでしょうか?」
精一杯である、そうわかるほどに顔を赤くさせ自分の思いの丈を僕に告白をしてくるスズちゃん。
彼女達が僕を好きだったなんて、気がつきもしなかった。
……気がつかなかった?
それは違うだろう、僕よ。
彼女達の気持ちにとっくに気がついているのに。気がついていたのに。この関係が壊れるのではと恐れ、怯えてあえてはぐらかして逃げ出していたのだ。
逃げた臆病な僕に比べて、彼女達のなんと勇ましい事か。
2人はこちらをちらりちらりと見ながら、返事をいまかいまかと待っている。応じないで逃げて良いわけがない。
「2人の気持ちはわかったよ。僕は、僕も2人とちゃんと向き合うよ」
「僕はラタン姉が好きだ。初めてあった時だって、そして今におけるまで何度も僕を絶望の淵から救い上げてくれたラタン姉の事が好きだ。空気を和ませて、その上真面目なところはちゃんと抑えるし。血の繋がりはないけれど、本当のお姉ちゃんだったら良いのにと思って居たほど大好きだ」
すぐに次の言葉を紡ぐ。
「僕はスズちゃんが好きだ。皆をからかう時のあどけない笑顔も可愛いし、身の回りのことをそつなくこなす姿も美しい。なんだかんだいって甘やかせてくれるし甘えてくれる。一緒にいてとても楽しい、そんなスズちゃんが大好きだ」
言葉を紡ぐ内に僕の視線は恥ずかしさのあまり下に移動していく。とてもじゃないが今は2人の顔が見れない。
「だからどちらが上かなんて決められないよ、情けないかもしれないけどさ。僕は2人とも大好きで仕方がないんだ」
そう言い切り、視界は完全に地面を映すばかりとなった。ああ、言ってしまった。答えてしまった。恐れがあって完全に開けていなかった心の扉を開け放ってしまった気分だ。
2人はそれぞれ僕だけを想ってくれているというのに、僕は決める事ができない。なんという、情けなさか。
自分の弱さに打ちひしがれていると、それに似つかわない笑い声が聞こえてくる。
「だってさ、ラタン姉?おめでとう、私達」
「よかったですねスズ。おめでとう、ボク達」
そう言って僕1人置いて仲よさげに会話しているようだった。
「最初焦ったよ、ラタン姉が大好きって答えるから私は視界にないのかなって身構えちゃった」
「ボクはキルヴィの事だからスズのことも言ってくれるだろうと思ってましたですよ」
「まさか個別に思いの丈を言われるとは。ちょっと想像の上を行かれちゃいました。キルヴィ様の事が信じきれてなかったのでしょうか。それにしても……えへへ、可愛いって、美しいって!」
「ボクは血が繋がってなくて良かったと思ってますよ。だって、繋がってたら本当に姉と弟で終わってしまいますし」
やめ、やめて!本人の前で感想言い合うのやめて!耐えきれなくなり僕がバッと顔を上げると待ってましたと言わんばかりの顔で2人がにじり寄ってきた。ボフッと両サイドから抱きつかれる形となり、そのまま地面へと倒れこむ。そして3人で星天を仰ぐこととなった。
「あーあ、思えばボクも罪な弟を持ってしまったのです。まさかあの小さかった子に恋心を抱いてしまうなんて」
右からは参った、といった様子で大きく伸びをしてみせるラタン姉が。
「できれば平等に愛してくださいねキルヴィ様?」
左からは身を寄せて僕を上目遣いで見ながらそんなことを言うスズちゃんが。
ああ、なんだ。
僕の居場所はちゃんと、ここにあるんだ。
ならば、僕はせめてこの手の届く範囲を守れるよう、全力を尽くそう。それがどんなに険しくとも。




