アンジュの屋敷
ラタンさんをお姉ちゃんと呼ぶようにした次の日、特に何事もなくラタンお姉ちゃんが言っていた屋敷へつくことができた。
「ついたのですよキルヴィ君。ここが目的地、ボクの友達のアンジュが暮らしている屋敷なのです!」
「ここが?……ラタン姉、以前来たのはいつなの」
そこにあったのは蝶番が外れかけた門扉、切り揃えられず伸び放題の生垣、荒れ放題の庭と半分くらい森に侵食されてるような薄汚れた屋敷だった。ちなみにこの2日間でラタンお姉ちゃんと呼ぶのはさん付けより長いからとラタン姉と呼ぶようになった。
「えっと……6年くらい前かなー」
「まさかの僕が生まれるよりも昔!?6年も来てないのに大丈夫なの!?」
「いやー、その前なんて5年くらい会ってなかったし……あはは、多分大丈夫なのです」
ぽりぽりと頬をかきながらラタン姉が答える。顔を見るも目を僕と合わそうとしない。
「生体反応はあるけど……1つしかないよ?そのアンジュさんは1人で暮らしてるの?」
「あー。たまに商人さんやそれに連れられてお手伝いさんが来てたはずです。住み込みのお手伝いさんもいたはずなんですが……今はいないのかもしれませんねぇ」
「ちょ、そんなところに押しかけてしまって大丈夫なの!?冬を凌げるだけの食糧だって自分の分だけで備えてるかもなのに!?」
「客人の身分なんで食事はなくても……あ、そうでした。ボクと違ってキルヴィ君は食事は必須なんでした!いやーうっかりうっかり」
「ラタン姉ェェェッ!?」
その時ガタリと門扉が開かれた。中から白髪の老婆が出てくる。
「なんだいなんだい騒がしい。一応これでも人様のお家の前なんだからあまり騒がしいのは無しにしてくれないかね?」
「おーアンジュちゃん、お久しぶりなのですよ。また老けましたね」
失礼な言葉をラタン姉がかけるとその老婆、アンジュさんは目を見開き、ラタン姉を見つめる。
「失礼だねお前さんは……。はあ、相変わらず変わらない姿のままだねラタンちゃんは。今もあの頃のまま幼い姿のあんたを見ているとほんとに歳食っちまったって感じちまうよ」
「ボクとて好きで幼い姿のままでいるんじゃないのです!」
そうして少し頬を膨らませる。2人は見つめあった後、にへらと笑いあう。
「アンジュ、元気だったのですか?以前あった時よりも痩せてしまって心配したのです」
「以前ってラタン、6年も前じゃないか。私は、まあこうして生きているさね。それよりも私こそあんたが心配だったよ。3年は便りも寄越してくれやしないんだもの」
「ありゃ、何ヶ月に一回かは手紙は出してたんですがね……ことごとくハズレの手紙屋引いちゃってましたか」
がっくりと肩を落とすラタン。そうかいそうかいと笑い飛ばすアンジュさん。
「その頻度で書いてもここには一年に一回届くか届かんかだからね、1番いいのはあんた自身が手紙を持ってくることさ!」
「それだ!……ってそれじゃ手紙の必要性がないじゃないですか!」
「そうさ。会いに来てくれるのが1番嬉しいもんさ。手紙なんかよりも、ね」
ラタン姉のノリツッコミに対してそう答えたアンジュさんは少し寂しそうに見えた。ラタン姉からふいと顔をそらし、そして僕と目が合う。
「そんでラタン。そっちの坊やはお前の子かい?嫌だねぇー、旦那ができたとか子供が生まれたとか、そういうことこそ手紙で教えてくれればいいのに。あんま似てないが賢そうな子だね。坊や、名前は?」
「な、ま、ボクはまだ独身ですしキルヴィ君はボクの子ではないのです!ね、キルヴィ君!」
そう言いながら必死な表情になって僕の肩を掴む。ラタン姉、痛いです。はいはいとアンジュさんはラタン姉を僕から引き剥がす。ラタン姉が落ち着いたところでアンジュさんに向き直る。
「はじめまして、キルヴィ・アースクワルドと言います。いつもラタン姉がお世話になっております」
「おやおやこれは丁寧に。私はアンジュ・イレーナだよ。しかしアースクワルドか……お前さんはメの当主の奴の血統かい?」
「ほら、前も言ったとおりそんなに簡単に名前を全部教えてはいけないのですよ。情報を持ってる人にとってはすぐどこの誰なのかわかるのです」
アースクワルドの名前から言い当てられてしまって驚く僕を軽く撫でながら、ラタン姉がたしなめる。アンジュさんがそれを引き継ぐ。
「ラタンの言うとおりだよ、情報は力さ。自分のことをベラベラ話しちまうと困ることもあるんだ。例えば世の中には呪術ってスキルがある。呪術持ちに名前を知られてしまったらいたずらに呪いをかけられることだってある世なんだよ。そのスキルがなくとも、あんたかその血族に恨みを持っている人がいるなら名前だけでどちらも復讐のタネになることも。……ゆめゆめ、忘れないことだね」
そう言ってシワシワの手で僕の頭を撫でる。少しだが、ラタン姉とは違う安心感を感じた。
「そんで、ラタン。この子をどうするつもりだい?まさか無理やり拉致ってきたってことはないだろね」
「それこそまさかです。……いや、その方がまだ良かったのです。ボクは聞いて驚きましたよ」
それからラタン姉が僕について説明を行う。聞いているうちに恐ろしい顔になっていくアンジュさん。僕の境遇を聴き終えた後アンジュさんは吠えた。
「そんな馬鹿な話があるかい!親は子を守るものだろう!?出来が悪くたっていい、生きてさえいてくれればってなぜ思えないのか!飢えてしまうのであればもう少し何か工夫をするとか道を探すのも大人の役目だろうに……キルヴィ、あんたは母親は?父がダメなら母に頼らなかったのかい?」
「母は父以上に僕のことを嫌っておいででした。一応は殺すなと父から命じられ、乳を与えてはくれましたが兄ばかり甘やかし、兄ができることについてできなければ暴言が、兄ができないことをしようとすれば平手が飛んできました」
「それが!腹を痛めて!!産んだ子にする仕打ちかい!!!」
「え、それほんとに人間ですか?……いわゆる自然発生で産まれたこのボクでも子にとって母親が大事なのはわかるのです。その状況下でキルヴィ君がここまで生きていけたのが奇跡に感じます」
ハアハアと肩で息をするアンジュさん。母については告げていなかったラタンさんも今の僕の話を聞いてドン引きしている。そして2人して僕に抱きついてオイオイと泣き崩れる。
僕はまだ泣いていない。というか今回は急に2人が抱きしめてくれたおかげか泣くタイミングを逃してしまった感がしている。
「辛かったろう、キルヴィや。こんなしわくちゃの婆さんで申し訳ないけれど、これからは私があんたの母親がわりになって家族の温もりをしっかりと教えてあげるからね……」
アンジュさんは僕のことをしっかり抱きしめながらこう言った。
こうしてまた僕に新しく家族が増えた。
ようやく屋敷までたどり着けました!次は話の中でキルヴィ達のステータスを載せる予定です。