条件
「でもナギさんはどうして覚えていることができたんでしょう?」
ふと疑問に感じたことを尋ねてみる。身内だから、というのはツムジさんやヒカタさんを見ても違うだろうし、仲の良さといってもここ最近は疎遠だったと聞いた。
「服、かな。大きくなってからは私が家族の服を仕立てていたことは、キルヴィ君も覚えているかな?」
かえってきたその言葉へ頷く。僕の服もよく仕立ててもらっていたからだ。
「正確に言うとね、私も忘れてたんだ。だけど一昨日くらいかな?衣替えだからと服を整頓していたら自分では着た覚えのない服がいっぱい出てきてね。考えを巡らせていたらお姉ちゃんがいたということを思い出せたんだ。キルヴィ君は?」
なるほど、物から思い出を辿っていったのか。それはいかにも職人らしい方法であった。返された疑問に意識を向ける。
「僕は、どうしてでしょうね?でもなんとなくこのイレーナのお守りが思い出させてくれた気がするんです」
少し間を置いてからそういって、お守りを取り出すとナギさんはどれどれと身を乗り出して見てくる。
「これ確かアンジュ様が持ってた奴だね、小さい頃に一度見せてもらった覚えがあるよ。じゃあアンジュ様のおかげってことかなぁ?」
その言葉にはもしそうだとしたら嬉しいね、という意味が込められていた。そうだ、ついでに聞いておきたいことがある。
「ちなみに何ですけど、ウル兄さんがアンデットになったかもってのは覚えてますか?」
いきなり何をそんな、という顔をされた。
「うんにゃ?当たり前じゃんか……まって、それを聞くってことはもしかして?」
「そうなんです。ウル兄さんがアンデットになるにしても時間が経ち過ぎていて無理だからと蘇っていることすら記憶から消えていて」
むむむむむ、とナギさんは難しい顔になる。
「私は魔法とかその辺は専門外でからっきしだから勘でしかないんだけどさ、これはウルさんのせいで引き起こされた記憶障害の可能性があるんじゃないかな?その余波でイブキちゃんの存在までけされた、とか」
なるほど、そこまでは思い至ってはいなかった。しかしなぜそんなことが起きるんだろうか?
「これ、偶然じゃないと思う。人為的に起こされた現象、だったらなぜ?ウル君の存在を知られていると困るから。誰が?本人が」
自問自答で考えをまとめていくナギさん。ウル兄さんが自分の存在を知られると困る理由は、自身がアンデットであるからだけでは足りないだろう。僕達は出会ったあの時に何を話した?
死者蘇生されたことによって操られていないかという話。アンデットとして人を襲わないことと、今後死者蘇生を行わない制約。
「ねぇ、そういえばここのところ会ってないからわからないんだけどさ、お姉ちゃんの様子はどうだった?具体的にはキルヴィ君のスキルに映ってた?」
「いや、2度目の再開をしてからは一度も。というよりこっちに戻ってくる段階で既に映ってなかったけど」
そっか、と返される。
「ごめんね、もう1つ聞くけどさ、今私は心の底から充実しているんだけど、今現在キルヴィ君のスキルに私って映ってる?」
確認してみると脅威度こそないものの、緑で色濃く映っていた。
「これでもかというくらいの存在感でいるよ。昔は映ったり映らなかったりしてたのにね。でも、どうして?」
「んー、なんかさ。嫌な予感というか何というかだけどさ。キルヴィ君のそのスキルに映る為には、ただ生きているかじゃなくて心が生きているかどうかが重要なんだと思う」
うん?それはどういうことだろうか?普通生きているならそれは満たされる条件なんじゃなかろうか?
「いや、旦那に会うまでは私もだったんだけどさ。想い人が死んでしまったりイベリとの戦争で知人が死んでしまっていたりで心が時々死んでたんだよ。表面上はふざけてみせたり、笑って誤魔化したりしていたけどさ、心の底ではこんな世界、なくなってしまえって思ってた」
僕の中では明るい印象しか記憶にないナギさんからそんな言葉が飛び出てくるとは思ってもいなかった。
「今だからぶっちゃけるとね、子供が好きっていうのもどちらかというと嘘なんだ。もちろん今ではキルヴィ君達のことは好きだよ?だけど、前はウル君や当時の自分達の姿を垣間見る為に子供を見てた面が強いんだ」
知らない誰かを重ねるイメージの押しつけで見られるなんて、された相手からしたら迷惑な話だよねとナギさんはややふざけてみせたが、ふっと悟ったように遠くを見つめる。
「今を生きることができない亡者に心を奪われた、か。だから忘れ去られたんだよ、お姉ちゃんは」
つまりは、どういうことなんだろうか?
「お姉ちゃんね、多分死者蘇生の術を手に入れた頃には既にアンデットになってしまってたんだよ、身体は生きたままね」
どこか確信した様子でナギさんはそう言ったのだった。
今回の話でラタン姉の視点では既に得ていた情報が主人公の元へと入ってきました。




