記憶のカケラ
「凄いな、スフェンまでの距離を半日どころかもっと短い時間で移動できるなんて」
思えばこの距離を移動するのに毎度工夫をしてどうやったら短縮できるかを小さい頃からツムジさんとよく話し合ったっけ。それが今や短時間で移動でき、こうして登録した次からは一瞬で着くなんてなかなかに感慨深いものがある。同時に一抹の寂しさを覚えるのもまた、仕方のないことだと思う。
せっかくここまできたのだからとお茶を勧められ、断るのも悪いのでと招かれる。町へと入る手続きもほどほどに、慣れた道を進む。相変わらずこの町でのツムジさんの存在は大きいらしく、道すがらよく話しかけられた。そしてその中には僕のことを未だに覚えていて英雄だと慕ってくれるような声をかけてくれる人もいた。
前回と、今回の差。両方とも持てる全てを出し切っての戦いだったと思う。なのにかたや英雄としての憧憬の対象で、かたや化け物として畏怖の対象だ。どうしてこんなにも差ができてしまったのか。嫌でも考えてしまう。その時ポンと頭に手が置かれ、ワシャワシャと気持ち強めに撫でられる。
「ここはアムストルじゃないんだ、暗い顔してないでもっと気楽にいこうや英雄さん」
またも顔に出ていたようだ。僕ってば本当に思ったことがすぐ顔にでるタイプらしい。そうしている間にツムジさんの家に着くことができた。
ここを出てから1ヶ月と少し。普通であるならばアムストルとの往復をこんな短時間で行うことができないため戻ってきた僕らに対してヒカタさんはたいそう驚いて出迎えてくれた。二言三言話してから商会仲間に顔を出してくるとツムジさんは出かけていった。
「ヒカタさん、変なことを聞きますがイブキさんって知ってますか?」
「はて?……ちょっと覚えがないかしら」
世間話の途中でイブキさんのことを駄目元で尋ねてみるが、結果は同じであった。こちらがやや落胆した様子で言葉に詰まるとごめんなさいねと困ったような顔で謝られる。
「でも、なぜでしょうか。その名前を聞くと喪失感というか……心にぽっかりと穴が開いてしまったのを思い出したような、そんな感覚になりますね」
この様子を見るに、ヒカタさんの記憶に関しては完全には消しきれていないようであった。流石は生みの親、といったところであろうか。「あ、でも」と何かを思い出したようにヒカタさんが声をあげた。
「そういえば、ナギちゃんもイブキって知っているかとちょっと前に尋ねてきたわ。あの子なら何か知っているかもしれない」
その言葉を聞き、居ても立っても居られなくなる。ヒカタさんへお礼を言ってからナギさん夫婦の部屋まで移動し、ノックをした。
「お母さん、開いてるよ?……ってあれ、キルヴィ君じゃん。もう帰ってきたんだね、早くない?」
中にはナギさんしかいなかった。どうやら娘さんは旦那さんが連れて出かけているらしい。
「ただいまナギさん。ちょっとね、ズルして帰って来ちゃったんだ。ところでナギさん、僕とツムジさんがアムストルに行った理由って覚えている?」
その言葉へどう返したらいいのかとナギさんは少し考えたようだった。
「確かクロム君の意中の人が……やめやめ。そんな理由じゃないよ。キルヴィ君は覚えてないかもしれないけどさ。私にはお姉ちゃんがいるんだ。お父さんもキルヴィ君達もそのお姉ちゃんを探しに行ったんだよ」
嬉しさのあまり僕は思わず飛びついてしまった。ナギさんは突然のことに目を白黒させる。
「ちょっとキルヴィ君?いきなり抱きついて来てどうしたのさ。そりゃあかつての私なら嬉しいと思ったんだろうけど私はもう人妻だから」
「ごめんなさい、でもよかった!イブキさんの事をちゃんと覚えている人に出会えた」
その名前を出した事で再度驚いた顔となり、今度はナギさんが僕を抱きしめた。
「なるほど、そりゃあ抱きつきたくもなるよね。よくわかるよ」
しばらく2人で抱きしめあった後、離れる。
「今回の旅の目的がイブキさんの捜索だったはずなのに、帰って来たら誰1人覚えてなかったんだ。ツムジさんも、ラタン姉達も」
同意するように頷くナギさん。
「お母さんも友達もお姉ちゃんの事をいなかったものとして扱っていて……とても心細かった。キルヴィ君は覚えていてくれたんだね。よかった」
そういってナギさんは微笑みを浮かべながら涙を流したのであった。