相違
「誰って、イブキさんですよ!ツムジさんの娘でしょう?」
信じられないという感情をこれほどかというくらいに込めた声で語りかけるも、皆困った顔になるだけであった。
「何を言っているんだい?俺の娘はナギだけじゃないか。長い付き合いなんだから覚えていてやってほしいな」
ツムジさん、それは違う。イブキさんとナギさんの2人でしょう?
「そうですよキルヴィ。いきなりどうしたのですか?まだ寝ぼけているのですか?」
ラタン姉寝ぼけているのは僕じゃない。小さい頃に皆で遊びに行ったじゃないか。なぜ、なぜ。
「そうだ!そもそも僕達がアムストルに向かった理由だってイブキさんの足取りを探ってじゃないか!」
「疲れがたまっているのかい?私がモーリーを恋しいと思い無理を言って戻ってもらったんじゃないか」
違うだろうクロム。その頃はまだモーリーさんはそこまで気にかける相手ではなかったじゃないか。
「キルヴィ様、そこで久しぶりに行きたいと思っていたツムジさんが同行して戻ったんですよ?」
スズちゃん、それだと目的が変わってしまっているんだ。今回のアムストル行きはツムジさん主体だったんだよ。
「そうだウル兄さん。アンデットとなった兄さんをどうするかでここで葛藤していたじゃないか!なんで、みんな……」
「ウル君?何を言っているんだ、キルヴィ君。もし仮にしようと思っても、年月が経ち過ぎていてアンデットになれないよ」
ツムジさんが、ややあわれんだような顔でこちらを見る。これは本格的に疲れてますねと皆で僕を寝かしつけようと用意を始めるのを手で止める。
「大丈夫だから。最後にするから、これだけ聞かせて。本当に、わからないの?」
目の応酬が続き、肩をすくめられる。
「いや、何を言いたいのか本当にわからないんだ」
それは冗談を言っているようではなかった。本気でわからないから聞いている口調である事はその話し方から感じ取れた。ゆっくりと視線を他の人にも巡らせる。皆、ツムジさんと同じような顔をしている。
目の前が真っ暗になりそうだった。
その後はスズちゃんがアムストルでの知り合いならばとニニさんへと尋ねるも、私の知り合いにはいないよー?と返しているのが目の前で行われているにも関わらず遠くで話しているように聞こえる。足元がなくなったかのような感覚になる。
誰1人として覚えていないというのか?親であっても、友達であっても分け隔てなくイブキさんのことがすっぽりと記憶から消えてしまったとでもいうのか?……いや、少しおかしいと思っていた。ツムジさんと合流した時、一言もイブキさんについて言及をしていなかった。
普段のツムジさんであるならばその時点で行動を取ろうとするはずだ。それに誰かしら気がついてイブキさんについて話題を出すだろう。それが、なかった。
では、なぜ僕だけが覚えているというのか。いや、正確には思い出せた、と言った方がいいのか?前途の通り戦闘中には全く気にしていなかったのだ、何かしらの要因で忘れていたのだと思う。自分のして来たことを思い出しながら他の人が思い出せる因子がないか探る。……改めて単独行動が多いと感じるのだがなんとなくこれじゃないかというものがあった。
「お守り、か?」
肌身離さず身につけているお守りを取り出す。中身を見るもやっぱりなんの変哲も無い指輪に感じるが、どうにもこれのおかげの気がするのだ。
「母さん、僕はどうすればいいかな?」
指輪を見つめながら思わず口から出てしまったその言葉は、誰の耳にも届かなかった。