省察
食堂へ行くと、アムストルからついてきた面々を合わせて大勢が待ち構えていた。揃ったところで食事が始まる。クロム自慢の腕が振るわれている美味しい食事であったが、会話のない静かな場であった。
「かえってきたとおもったらおきゃくさんいっぱい!でもおつやみたいなの」
小さい子らしく、1人大声で嬉しさと疑問を投げかけるアンちゃんの声だけが部屋に響く。
「ねー、なにがあったの?ねー、あるじねーってばー」
アンちゃんに引っ張られる。どうしたものかと困っているとラタン姉が助け舟を出してくれた。
「アンちゃん、見ての通りお客さんがいっぱいなのです。でもこのおうちはちょっと古いから主人としてキルヴィは恥じてるのですよ。だからアンちゃん、このおうちをもっと綺麗にできるかなぁ?」
ラタン姉が試すような笑みを浮かべてそう焚きつけると、アンちゃんは見事にやる気になったのか鼻息が荒くなる。
「できるの!アンにまかせてほしいの!」
「お願いね、アンちゃん」
そう言ってパタパタと走り去るアンちゃんへと声をかけ、姿が見えなくなってからグミさんが話し始める。
「さて、真面目な話をしましょうか。アムストルの代表としての、今回の話を」
空気が重くなる。僕としても、この戦いは自分の実力不足を体感したものであった。僕は自分の力を過信してしまっていたのだ。ひとりよがりとも言える戦い方をして、守るべきを守れず、多くを失った。
「アムストルの町をこのように失ってしまったのは、私の判断違いでした。もしあなた方を頼らず流れに身を任せていたならば、私の命だけでアムストルは救われたのかもしれません」
淡々と告げられるその言葉が僕に刺さる。
「この件で助けてくれようとしたキルヴィさんを恨むのは筋違いでしょう。私の気の迷いが、この結果を生み出したのです。それでも、他にやりようはなかったのか、というのが本音ですね」
例えば。この転移の力を使えたならば。僕は化物とも呼ばれないだろうし、アムストルの人々を失うような無駄な戦いはおこらなかっただろう。
例えば。最初からそんなことはできないと断っていたならば。グミさんたちはなんとか妥協点を探し、少なくとも現状よりは納得するような結論へたどり着けたかもしれない。それこそ、自分で言ったように首を差し出すことで多くの命を救うという方法もあるだろう。
「ここまでが代表としての言葉です。ここからは私個人の言葉です」
僕が項垂れていると、グミさんがそっと手を握ってくる。うん?どうしたというのだろうか。そちらをみると深々と頭を下げられた。
「私と私の身内を救ってくださり、ありがとうございます。本当はとても怖かった。怖くて、内心震えている中で思わず伸ばしてしまった手を握り返してくれてとても心強かった。結果はこうなってしまったけれど町のために怒ってくれて嬉しかった。信じていた人々に裏切られて捕らえられた私達を、迎えに来てくれて嬉しかった」
その言葉にグミさん同様に頭を下げるセラーノさんとカシスさん。カシスさんと目が合うと少し震えたように見えたが、すぐにいつものカシスさんらしい態度に戻った。
「私は傷つけられたし、汚されてしまった。それもただの敵ではなく、つい昨日までは友だと思っていた人にだ。正直いうと男というだけでまだ怖いと思ってしまう。あの事は悪夢となって、寝ていたとしても飛び起きてしまうほどに」
深夜になるとカシスさんの叫び声で起きる。それがここ最近の日常であった。身体は治ったかもしれないが深く深く刻まれた心の傷はずっと忘れる事など出来ないのだろう。
「私は、愚かだったな。この世にありもしない正義を求めてしまった。そして、セラーノと会ったときに言ったような言葉がこうやって現実のものとなったらこうだ。あの時もだが言う割には覚悟が足りなかったのだ」
遠い目になりながら、カシスさんはそう言ったのであった。
「私達に関してはー、まぁ特に被害も受けてないので気にしないでくださいー」
ニニさんがそう言う。その言葉にトトさんとモーリーさんも頷いてみせた。
嘘だ。それは僕を傷つけまいとする、優しい嘘。住み慣れた故郷を失い、気兼ねなく話せるような知り合いも失い、モーリーさんに至っては肉親をも失った。これを被害と言わず、何を被害と言えるのか。沈黙しているとモーリーさんが話し始める。
「ええ、嘘です。気にしていないわけ、ないです。忘れる事などできませんよ。でもですね、私達は今生きているのです。死んだ人の分まで生きる、それでいいじゃないですか。ね、クロム?」
話を振られると思っていなかったのかクロムはぽかんとした顔になる。それに対してモーリーさんは明らかに落胆してみせた。
「もう!あなたが仕えている独り身の主人が思い悩んでいるのですよ?使用人筆頭のあなたが支えないで誰が支えるというのですか!」
おおう、後からこっそりでもなくこの場でそう言ってのけるのはモーリーさん的にはありなのか?周りが苦笑しているとそこになってモーリーさんはバツが悪そうな顔になり縮こまるのであった。
「そういう事だ、キルヴィ。気にするなとは言えないが少なくともここにいる人たちからは許されているし少なからず感謝もされている。起きてしまったことはやり直せないが、次に活かそう。見合うよう私も強くなるから」
そうクロムが締めた。
「今後、皆さんはどうするつもりですか?」
ラタン姉がそう尋ねる。
「あんなことが起きたばかりですしあまり人の多いところにはいたくありませんかね……暫くは人の世から離れて静かにしていたいですね」
セラーノさんがそう答え、同意見だとグミさんとカシスさんも頷く。
「この子がちゃんと産まれても大丈夫な所に居たいかなぁ」
トトさんはニニさんのお腹を愛おしく撫でながらそう返事をした。
「私はもう身寄りもない身です。このままクロムさんとより添えれば、と思っています」
そう答えたモーリーさんに対して返事の代わりに抱き寄せるクロム。静かに2人見つめあって別の世界に行ってしまった。
雪がちらついているくらいだ、これから適した場所を探すのは酷な話だろう。
「でしたらここを使ってください。ここは僕の育った家なのですが、知っての通り旅をして回っている身なのでなかなか活用できなくて……先程の家憑き妖精のアンに甲斐性なしだと言われる始末です」
そこで小さく笑いが起きたのであった。