実家
目がさめると随分昔から見慣れた天井であった。ここは屋敷の自分の部屋だ。やや部屋が狭く思えるのは自分が成長したからか。窓から光が差していた。視界の端に映る目やにがなかなか取れない。
「キルヴィ?入りますよ」
ラタン姉が扉を開け入ってくる。姿は僕より少しだけ歳上な感じの、いつも通りのラタン姉であった。
ああ、なんだ。僕は母さんが死んでからも屋敷で過ごしていたんだったっけ。それならば今見た夢の話でもラタン姉に話そうか。随分と長く、えらく現実味のあった話だったし。
「おはよう。なんだか不思議な夢を見たよ。長い旅をしたと思ったら化物扱いされて、町や兵隊さんをすごい力でやっつけちゃうの」
そう説明すると怪訝そうな顔になり、遠慮なく頬をつねられた。痛い。
「改めておはようですキルヴィ。目は覚めましたか?」
眉間に皺を寄せた笑顔でそう言ってくるラタン姉。バッチリと目は覚めた。なぜか精神年齢が退行してしまっていたようだ。
「いてて……おかげさまで。久々の我が家で気が緩んでたよ」
夢などではない。僕は実際にこの世界を旅して回ってきたし、化物扱いもされた。
そしてこの手で多くの命を奪い、アムストルという町を跡形もなく消し飛ばして今ここにいる。それは夢ではない。夢と片付けてはいけない。全て、この世界で起きたこと。僕が辿ってきたこの世界における歴史。
「全く、突然姿がなくなったからどうしたのかと思いきや、大きくなって戻ってくるなんて……いったい何があったというんですか」
おぼろげな記憶ではあるが、お守りの指輪をしてから僕は大きくなった。これを起因に何かが起きたのだろうと指輪をはめ直したり調べたりしてみるも、なんの変哲も無いふつうの指輪であった。
「無事だったから良かったものの、また1人で無茶をして……お姉ちゃん心臓がいくつあっても足りないです。もう怒りよりも呆れ、呆れよりも諦めに近いのです」
ぶちぶちと小言を言われる。今回に関しては僕だって意図してやったわけではないので理不尽に思えるが前科があるので大人しくその言葉を受け止めておく。
「それにしても、短期間で縮地よりもさらに便利な技を覚えるなんてMAP機能は本当に底が見えないですね。まさかこの屋敷まで一回で帰れるなんて」
ある程度気が晴れたのか、それとも反省していると見られたのか。ラタン姉は小言から僕の新しい力を褒める方へとシフトする。
この拠点まで一気に帰ることができる大型の縮地、これからは転移と呼ぶことにするが、これが暴発したことこそ、僕がアムストルの町まで一瞬で帰ったタネであった。
もっとも、事前に登録した場所でなければ飛ぶことはできないし続けて何度もというわけにもいかない。短時間のうちに連続して2回も使えば、おおよそ半日後にはMAP機能が使用不可になってしまうようなとっておきの大技なのだ。使ったのがレベルアップ前だったので1回で機能が落ちてしまっていた、という傍迷惑な暴発である。アムストルの町も無くなってしまったので、登録地点からは外している。今登録してあるのはこの屋敷とスフェンの2つだけにしてある。
また、この転移は例え手を繋いでいたとしても一緒に行けるとは限らないということも、スフェンの町との往復で発見したことである。あらかじめ飛ぶ対象を自分で設定しなければ連れて行くこと、持って行くことができないのだ。流石に衣類や手荷物に関しての判定は人にまとめられているので、裸でその場におどり出るみたいなことはない。
その時、僕達を呼ぶスズちゃんの声が廊下から聞こえてきた。その声に自分の頭をコツンと叩いてみせるラタン姉。
「あ、そうでした。ご飯ができたから呼びにきたんでした。行きますよキルヴィ、皆待っているのです」
着替えもまだな僕の手を引いて皆のいる食堂へ走り出したのであった。窓の外には雪がチラついていた。




