修行
「ふむ、それは強力な力を無理に使った事によって負荷がかかり、容量不足でロックがかかっている状態なんだろう。お前の魔結晶が急成長する程にな」
リゲルさんに今の自分の状態について話すとそう分析された。そう言われて自分の目元をペタペタと触る。心なしか結晶体が朝よりも大きくなっていた気がした。
「あまり気安く触るもんではない。それは目と変わらんのでな、傷がつくとあとあとえらい事だぞ」
脅す様な声で言われ、慌てて触るのをやめると、クックッとリゲルさんは笑う。どうやらからかわれたらしい。
「冗談じゃ。壊れたら大変なのは本当だが、そこまで心配せんでも少し触れただけでで傷つくほど魔結晶は柔くない」
むう。勝手がわからないのにそんなからかわれ方をされたら間に受けるじゃないか。
「すまんな。それで話を戻すが、お前の持っているMAPというユニークスキル、相当癖の強いスキルの様でな?一時的になら現段階でできる事を越えた力を使うこともできる様なのだが、その後にクールタイムが必要みたいなようだぞ?」
クールタイム。つまりはスキルを再び使える様になるまでに時間が必要というのか。治らないということはないとわかりひとまずは安心できたが、今までそんなこと考えたことなかった。一撃で片がつくなら問題はないだろうが、乱戦時の時にはかなり致命的な欠点だと思う。
「なに、容量を越えなければ良いだけの事だし、今のままで不安だというのであれば容量を増やせばいいのだ。幸いにしてここは現世とは時間が隔離された世界。増えるまで修行するだけの時間もある」
まずはキャパを自覚する事だな、とリゲルさんは言う。なんて事ない風に言うが、なかなか難しい話であった。いったいいつ身につくことやら。そう思っていると頭の中に圏外と書かれた地図が浮かんでくる。どうやらスキルが復旧した様であった。
「さて、戻ったのであれば早速修行だ。まずは力を使い切れ。遠慮はいらんぞ、お前の力程度でこの空間も私も壊せはせん。全力でやるがよい」
はてさて困った。全力でやろうにもどう使えばいいのかわからない。母さんの雪魔法を真似ればよいのだろうか。
「なんじゃあ、一度は使った力であろうに、イメージが湧かんのか……雪魔法は特殊な魔法だ。今持っている技で似たことをできんこともないだろうが、それは応用編。まずは基礎を得るべきだな。暗雲を作り出すこと、やったであろう?」
暗雲、か。ぼんやりとした理解であったがあれはやはり僕の力だったか。僕中心に魔力の渦ができていた、あの状態にすればいいのだろうか。……あれは怒りで無意識にやってたからなぁ。目に力を入れればいいのかな?目の前を睨みつけるも、奥行きもない白い空間でどこを見ていいのか分からなくなり集中がなかなかできない。
「やれやれ、見るものがなくて集中できないとな……ならば最初は的を作ってやればいいだろう」
それもそうか。土魔法で適当な大きさの球を浮かばせる。自分の魔力で浮かせようと意識しなくとも勝手にその場にとどまっているだったので、等間隔にいくつか作り出す。そして改めてそれを睨みつけ、集中する。暫くすると僕の周りに見える魔力が渦巻いてきた。
「思ったよりも時間がかかるな……おっと私の事は気にするな」
ぼそりとリゲルさんに嫌味を言われ、注意散漫する。そのせいで渦が拡散していってしまった。それを見てリゲルさんは明らかに落胆した様な表情を見せる。
「今ので心を動かすとは、見込み違いだったかもしれんなぁ……やれやれ、先代の目は節穴か?それともただの情か慣習で指輪でも譲ったんだろうか?」
その言葉にムッとする。リゲルさんにではない。僕のせいで母さんの悪口がはかれてしまった悔しさで、だ。
「悔しいか?ならばもっと怒れ。怒って、集中せよ。そして先代の、アンジュの見込み違いではなかったと私に言わせて見せるのだ」
気を高め、目の前の的を仇の様に睨みつける。先程よりも早く渦が出来上がる。
「次だ、それだけではただの見せかけだけ。何の意味もない魔力の渦だ。魔法の基礎だ。その力を使ってどうしたいかを思い描け」
リゲルさんの言葉。どうしたいか、か。僕は的を破壊したいのだ。僕の中での確実な破壊力。そう、光の定規を一斉に放射したらどうだろうか。そう考えると周囲を渦巻いていた魔力が普段僕が使う光の定規のスクロールに描かれた魔法陣を無秩序にいくつも描いていく。5つ、10、15……それぞれの的を向いてあらゆる角度と位置に展開し、今か今かと待機している。
「思い描けたならば放て。出し惜しみするな、私が見ている。今は後のことなど考える必要はないぞ」
その言葉で留めていた力を解放する。ひとつ放つだけでも明るくなるというのに今はその何倍も放っているのだ。白い空間がさらに白んで見えた。魔力の渦が魔法陣へと吸い込まれていくとがくりと身体の力が抜けてそのまま意識が薄れていく。
が、気絶する事はなかった。今大量に失ったはずの魔力も元通り。理解が追いつかず首を傾げてしまう。その様子がおかしかったのかリゲルさんは大笑いする。
「驚いたか?なに、私にとってこの空間の時間は自由自在でな?お前が気絶から回復するまでの時間をすっ飛ばしただけだ」
「飛ばした?戻したと言われた方が納得できそうな感じでしたが」
「戻してどうする?それではいつまでたっても成長せんだろうが。自分のことをよく感じてみい、魔力が増えておろう?」
言われて確認すると確かに増えている。先ほどのが夢でもなく、巻き戻されたわけでもない証拠だ。それを確認した時、再び地図が消される。
「クールタイムって、使ってすぐ訪れるわけではないんですね?」
「そこは私も不思議でな?普通はすぐ始まるはずなのだがMAPだけの特性なのかわずかに猶予があるのだ。時間差発動も、縮地とやらで一撃放った後の離脱も、不可能ではないということだな」
そう言って再び時間が飛ばされる。そこから何度か同じ工程を繰り返したのであった。