奪還
「キルヴィ!一体どうしたのですかその顔は!何があったというのですか!」
「ラタン姉、それも大変だろうけど、こっちの方が先だよ!早く治療しないと」
戻ってきた僕に対してラタン姉とスズちゃんが駆け寄る。そうだ、今は僕なんかよりも2人の治療を優先してほしい。少しでも早く苦しみから救ってあげたい。
周りを見回す。トトさんがニニさんに手を貸しながらこちらに向かっているのが見えた。2人が到着次第、さっさと飛んでしまいたい。こんな場所に長居はしたくない。
上を見ると、先程までは夕焼けがちゃんと見えるような晴れ間だったのに暗雲が立ち込めていた。まるで今の僕の気分だ。これは先程から流れ続けている涙のように、土砂降りになるのも時間の問題だろう。
「ラタン姉、あと少しでニニさん達が来るから、着き次第この周囲の明かりをできうる限り全て消してしまってくれないかな」
セラーノさんの回復を担当しているラタン姉に話しかける。釘を1本ずつ抜きながらの作業であまり捗っていないようだ。
「いいですけど、あなたのその顔にしても、現状についても後でちゃんと説明してくださいよ!」
説明か。どう話したものだろうか?現状についてはこの2人の姿が物語っていると思うが、僕の顔についてはどうなっているのか自分ではわからない。泣き顔がそんなに変なのかな。人前で泣くなんて、随分と久しぶりだからそれでおかしいのかもしれない。向こうに着いたら逆に尋ねてみようか?
「お待たせしました……何があったんだこれは。ニニ、と、とりあえず手伝おう」
「ええ、トトさん!私にできることはあるかなー?」
「お二人とも、気持ちはありがたいですが先に移動します。ラタン姉、スズちゃん、一旦中断できる?」
「移動するって言ったって、こんな状態じゃ急がせることもできないだろう?治療が先だよ!」
僕の言葉にやや憤慨した様子になったトトさんが掴みかかってくる。そうだ、それでいい。僕に触ってくれという手間が省ける。ラタン姉が先ほどの指示に従って明かりを消していく直前、スズちゃんへ目配せしてニニさんも僕に触れる位置まで動かしてもらう。
「話は後です……くれぐれもそのまま離さないでくださいよ」
縮地ですぐに飛ぶ。次に飛べるまでの間隔が焦ったい。初めての体験にニニさん達は目を白黒させていたが、幸い僕の話をちゃんと聞いていてくれたのか離れることはなかった。
回を重ねることに離れていくアムストルの拠点。暗雲は一層濃くなり、いつしか稲光を伴っていた。その時ラタン姉が何かに気がつく。
「えっ、他は晴れててあそこだけに暗雲があるってどういうことなんですか?」
そう言えばそうだ。よく見てみると拠点の、ある一点に集中して雷が走っているのが見えた。あの場所はさっきまで僕が居た、セラーノさん達が捕らえられていたところではないか?
となると、これはもしかして僕が引き起こしているのだろうか。だが、こんな魔法が使えるなんてアナウンスは一言も告げてくれていないし、ステータスにも載っていないはずだ。
謎を抱えつつも移動を優先し、僕は仮拠点にまで辿り着く。物音に反応したのかクロムが表に出てきた。そして僕のことを見て驚く。
「キルヴィ、目から血が流れているぞ!?何があったんだ、誰かにやられたのかい?」
そこでようやく、僕の目から流れているのが涙などではなく血なのだと気がついた。そうと認識すると、ぐらりと身体が傾く。血を流しすぎたかもしれない。ああ、また気絶するのかと他人事のように感じつつも僕の意識は身体から遠のいていった。
◇
次に目がさめると、朝日が昇りつつあるような時間帯であった。肩身が狭く、身体が重いと感じていたがどうやらいつものメンバーが僕から離れまいと抱きついてきているのが原因のようだ。昨日の意識を失う直前のことは覚えているのでやむを得ないだろう。心配かけてごめん。
目だけで周りを見渡そうとすると視界の端に何かがついて回る。それを取ろうと周りを起こさないようにとなんとか左の手を持ち上げて目元をさする。触った感覚は硬く、そして取れそうにない。無理やり取ろうとすると痛みが走った。
身じろぎと軽くあげた苦痛の声に気がついたのであろう、僕の左側にいたラタン姉が目を薄く開ける。
「お、おはよう、ございます」
なんとなく敬語で挨拶してしまう。
「キルヴィ……起きたのですね。ボクは、もう少しだけ寝た……キルヴィ?キルヴィ!よかった、目が覚めたんですね!」
最初は起きたばかりでぼんやりとしていたのだろう、寝ぼけた感じで再び寝そうになっていた。しかし、次の瞬間にはガバリと僕の顔を掴んで嬉しそうにする。その声になんだなんだと仮拠点の皆が起きて集まってきた。
その中にはやや痛々しい姿ではあるもののセラーノさんと、グミさんの後ろに隠れるようにこちらを見ているカシスさんの姿があったことにやや安堵する。
「ええと、皆おはよう。あの、いったい何事ですか?」
「何事もなにもキルヴィ様、行って戻ってきた日からまる一日、なにをしても意識が戻らなかったんですよ?気にするなという方が無理です」
目尻に涙を蓄え、やや呆れたような顔をしたスズちゃんが代表してそう話しかけてくる。そうだったのか。そんな人間が朝普通に起きて挨拶をしてきたら確かに気にもなるだろう。
セラーノさんが僕の顔を見て頭を下げる。
「キルヴィさん、何度も助けていただいてありがとうございます。もはやこれまでかと絶望に沈み意識を手放し、目が覚めたら温かい食事が出されたのです。これほどの幸せなど、他にありませんでしょう」
「とんでもない。僕は結局、誰かを救うことも守ることもできていない思い上がったただの子供です。いや、人ですらないただの化物か」
「化物はそんなことで心苦しく悩みません。あの時、私は心優しい貴方を頼るべきではなかった。巻き込むべきではなかった。……悔やんでも、悔やみきれませんな」
その後、なにがあったのかをちゃんと話し合おうとすると僕のお腹が鳴った。ぽりぽりと気恥ずかしげに頭をかくと皆で僕を指差して笑うのであった。




