救えない人たち
現在の2人の近くを探ると敵対反応に囲まれているようなので近場に飛んで様子を伺う。どうやら全体的に黒っぽい、仮設テントの中に2人ともいるらしい。野晒しではないのに少しだけ安心する。
「ちっ、なかなか強情な奴らだぜ」
「そりゃそうだろう。話で聞くスパイってのはそんなものらしいからな」
「あいつは正義、正義うるさかったんだ、俺たちの正義も受け入れるだろうよ」
しばらくするとガハハと下品に笑う人々がそのテントから出てくる。殴りかかりに行きたいのをグッとこらえて、中に他の敵対反応がいないのを確認してからサッと入り込む。
そこには想像よりもひどい姿の2人の姿があった。
セラーノさんは磔にされていた。豚のライカンスの特徴である大きな鼻が潰れ、ぼたぼたと鼻血を零し俯いている。等間隔に釘を刺し、埋まったまま回復魔法で止血するという陰惨な事をされたようで、見ていて痛々しい。ちゃんと息はあるようだが意識はないようであった。
カシスさんは猿轡を咬まされ手枷をされて転がされていた。拷問時に耳を傷つけられたのか、変な方向に曲がったり千切れたりしており、綺麗な白い髪だったのが耳元中心に赤黒く変色しており、さらには乱暴されたのだろうか?服が所々破れ、乱れていた。死んだような目で僕の方を見て、やや自嘲気味に笑ったように見えた。その顔にこの間までの、自らの正義に燃える明るさは微塵も感じられなかった。
バチッ
僕の頭の中で何かが弾けた気がした。僕がしたことがこれに繋がるのだとしたら、守ろうとしたものは一体なんだったのだろうか。
町を良くしようと努力したり、町を守ろうと僕を探して夜の町を走っていた町想いの2人を容易くこんな風にするのがアムストルの人々が言うところの正義だと言うのだろうか。
だとしたら、そんな正義はいらない。
派手な事は控えろと言われたが、どうにも抑えられそうになかった。
「おい化物だ!いつの間に入り込んだんだ?捕らえろ!」
何かやり残したのか戻ってきた奴に見つかり、それぞれの手に獲物を持って殺到するアムストルの人々。
「うるさい、黙れ」
それを一睨みする。目元が熱い。頬を何かが伝っていく。それと同時に僕を中心に魔力の渦が大規模に展開されていくのに人々は立ち止まり、戸惑いを見せた。それを尻目に2人の元へと近づく。カシスさんがビクリと怯えたように後ろへと転がろうとする。
「セラーノさん、カシスさん、僕のせいでご迷惑おかけしました。ここから離れましょう」
まずは近くにいたカシスさんの手枷と猿轡を外す。僕が触れるたびに小さく悲鳴をあげ震える。よほど怖い事をされたと見える。もはや服としてはボロになってしまっているので身につけていた外套をカシスさんへ被せてあげた。続いて、磔にされたセラーノさんを下ろそうとするも、僕では大した治療が出来ないので磔台をへし折り、要所要所を砕く事でとりあえず足がつくようにする。
「に、逃すか!」
その場にいた自警団の副長だった人が僕に弓を引いて見せた。放たれた矢。しかしそれは僕の目の前まで来ると消失する。
「ええい、壁のときみたいな小細工か!おい、ビビってないで続け!囲め!」
その号令に続いて周りの人も再び僕に向かって来ようとする。
ああ、ここにいる人々のなんと醜いことか。
「だから、うるさい」
もう一度視線をそちらへ向ける。すると次の瞬間には、彼らは同士討ちを始めた。
「ぐっ!?ば、化物め!どれが本物だ、くそっ!」
副長の言葉からどうやら、自分達が僕の姿に見えるようになったらしかった。
「僕達は去りましょう。でもこれだけは覚えておいてください。ここでされた事を僕は忘れはしない、と」
そう言い残し、未だ同士討ちを行なっている人々を放って、セラーノさん達を掴んで僕はラタン姉達の元へと戻るのであった。