留守番
ラタン姉達と別れてから半日が経過した。その間にスズちゃんにもスクロール作りを手伝ってもらったり、何気ない会話をして過ごしていたが流石に半日も経っては作業も終わり話題のネタも尽きてしまった。ラタン姉とクロムに散々釘を刺されたので、どこかに行こうにも行けない。うーむ、困ったぞ?
「キルヴィ様、なんだかソワソワしてますけど。退屈なんですか?」
だらしなくはないながらも、こてんと僕の作業机に体重を預けているスズちゃんにそう尋ねられる。
「ん、それもあるけどラタン姉達が無事かやっぱり気になって」
「お兄ちゃんは少し怪しいですけど無事ですよー。だって皆大人なんですから。あの姿や普段の様子から時々忘れそうになりますけどラタン姉は私達よりも人生経験を積んできてるんです、危険な事もいくつも潜ってきたって言ってたじゃないですか」
それよりも、と笑いかけられる。
「キルヴィ様、本当に何もしないでいいって言われると今みたいに困りますよね。もっと、私みたいに肩の力を抜いてもいいと思いますよ」
そう言われてもなぁ、何かをしてないと落ち着かないんだよなぁ。とりあえず意味もなくMAPを壁に写したり消したりしていると、目が痛いですと言われてしまった。
「昨日の疲れも全部抜けていないでしょうし、昼寝してはいかがですか?たまにはMAPを発動しないで寝てみるのもいいかと思いますけど」
寝る、か。うーん、確かにMAPがついてることによって常に警戒した状態であるから気が休まらないというのも間違いではないんだろうけど、それでもないと怖いものだ。いざ近寄られて何かされたらと思うと余計に気を使ってしまう。
「なら私が結界を張りますから、ね?それなら安心できますよね?」
スズちゃんの結界は膜のように薄いドーム状のものだ。近距離からのクロスボウでも弾く。それなりの防御力を持っている上にカウンターとして炎を飛ばすようになっている。
「でも、それじゃあ結界を維持し続ける為にスズちゃんが休めないじゃないか。そこまでしてMAPを外すメリットはないよ」
「そうですか。んー、ならMAPはつけててもいいです。でも、少しでもリラックスできるようにここにきてください」
少し悩んだ後、そういってポンポンと自分の膝を叩く。うん?首を傾げながらとりあえず顔をスズちゃんに寄せてみる。
「私の膝をお貸しします。土でできたベッドでは硬いでしょう?それよりは柔らかいはずなのでどうか私の膝を枕の代わりにして頭を預けてくださいな」
少し顔を赤らめながら再度ポンポンと膝を叩くので、戸惑いつつも言われるがままにその膝へと頭を寄せた。
「ほら、遠慮しないでちゃんと体重預けてくださいよ。この間のラタン姉がしてたの、私少し羨ましかったんです」
膝枕されるのに憧れるんじゃなくて、膝枕するのに憧れるのか。よくわからないな。
頭を預けて上を見上げると、なんとなく幸せそうにしているスズちゃんの顔が見えた。本当に憧れていたみたいだ。僕の肩を優しくトントンとしながら目を細めて鼻歌を歌いだす。なんとなく落ち着いた、心地よい歌だ。
「いい歌だね、なんて曲なの?」
「この曲ですか?幼い頃、お母さん……あ、アンジュ様じゃなくて本当のお母さんが私を寝かしつける時によく歌ってくれていた曲なんです。本当にちっちゃかった頃なので、だいぶおぼろげですけどね」
「いいお母さんだったんだね。僕も、スズちゃんのお母さんに会ってみたかったなあ」
されるがままにしていると、次第に瞼が重くなっていく。膝枕も相まってか温かくて、心地よい。
「ふふっ、キルヴィ様うとうとしてますね。リラックスできてるようで何よりです。おやすみなさい、キルヴィ様」
なんとなく幸福感を感じながら、僕の意識はすうっと薄れていった。
◇
どれくらい経っただろうか。MAPにラタン姉達の名前が映ったので意識を覚醒させる。前回のラタン姉の膝枕の時は疲れていた上に半ば無理やりだったというのもあるが、スズちゃんの膝枕の方がとても安心感を感じられた気がする。
パチリと目を開けるとすぐ近くまでスズちゃんの顔が迫っていた。僕と目が合うとビクリとし、堪えていたのであろうスズちゃんの鼻息がかかる。そのまま顔が真っ赤に染まっていくが、どうしたのだろうか?
「あっ、これ!これは違くて……すみませんキルヴィ様」
「大丈夫?体調悪くなった?あっ、僕のせいでトイレに行けなかったとか」
「ちっ、違います!もー、キルヴィ様のばかー!」
のせていた僕を転がして、スズちゃんは外に駆け出してしまった。やはり我慢してたんじゃないだろうか?うーん、何か悪いことした気分だ。ごめんよスズちゃん。