不穏な月道(きいろみち)
やや視点飛びます
時を同じくしてキルヴィによって光の定規がしかれ、月明かりに照らされている中生存者は誰もいなくなったドゥーチェ側の戦場跡に2人の影が伸びる。
「いやぁ、実に多くの命が失われたねぇ、イブキ?今彼らと敵対を選ばなくて良かったろう?」
「ええ。流石ウル君!こうなることも見越していたなんて」
片方はイブキ、そしてもう片方の姿はウルである。今、ウルの背中にはかけて歪な形となった羽の姿が浮かんでいた。得意げな雰囲気でイブキに話しかけると、実に楽しそうにイブキは答える。
「おかげで僕は労せず魂を集めることができる。僕が人を殺さずに済むしね。ツムジさんに嘘をついたわけじゃないさ、僕が手を下さなくても人が死ぬんだから殺人衝動なんか必要ないんだもの!」
「アンデットがなぜ生きている者を殺すのか、お父さん達はそれがわからないんですものね。アンデットに知り合いがいないから死んだ者の魂を集める為にやっているなんて、想像してないんだわ」
「無警戒の今のうちに着実に力を貯める事ができるなんて、なんて素敵なんだ」
2人は手を取り合い楽しそうに笑いながら戦場跡を歩く。彼らが歩いた後からは黒く淀んだ影が伸びていく。それは人の顔を形成すると、苦悶の表情を浮かべながらウルの背中にあるかけた羽へと吸い込まれていく。
「しかし、これを見てるとキルヴィ君は敵に回すと厄介だね。他はそこまで警戒しなくてもいいかなとは思うけど。キルヴィ君とは仮とはいえ兄弟だし仲良くやっていきたいものだけど」
彼には野望があった。いつかあの森をでて成し遂げようと思っていたものの、生前は病気のせいで諦めた、村や町の人に言ったら笑われてしまうかもしれない子供が持つような大きな野望。
それは自分の国を持つこと。そして、いつかこの世界を統一して見せたいというものだ。今この世界は長きにおける戦争で荒れに荒れてしまっている。誰かが纏め上げねば、このまま世界は荒廃していくだけだ。いつかはその、全てを纏める人物にこそなってみせるぞと夜な夜な窓から見える月に誓ったものである。
だが、その無垢で、ある意味美しいとも言える野望は自身が死に、アンデットとして蘇った時に歪んだ。自分の思いのままに死の色で世界を埋め尽くし、恐怖と憎悪によってこの世を統べたいというのが今の彼が持つ野望となってしまった。
今彼の中には、世界が荒廃しようが関係なく、ただ世界の征服をしたいと言う思いだけしか残っていなかった。
「本当の仲間になってくれると嬉しいんだけど、やっぱり難しいものかなあ?」
笑顔だったイブキだが、その言葉を言う時だけ少しだけ表情に影がさす。ウルが生き返った今となってもイブキにとって彼はお気に入りなのだ。対峙すると考えるのは辛いのだろう。
「アンデットになってくれれば助かるが、それだと僕も困る。彼も魂を欲することになって僕が魂を集めれなくなるからね。今のままでもついてくれる可能性はあるが、事がことだ。きっかけがないと難しいと思うけどね。お、美味しそうな手だ」
ウルはその場に転がっていた手を拾い上げ、齧る。そして骨ごとあっという間に平らげてしまった。
アンデットが魂を集める理由、それは自らを成長させる為だ。止まってしまった時間を他から奪うための行為なのだ。
生きているものと違い、いくら時間が経とうともアンデットが成長することはない。ここまでが生者の知っている知識だ。しかし、実力者の魂を集める事で自らの魂の質を高める事ができ、成長する事ができるという事をアンデットと化したウルは魂で理解していた。
「彼が生きたまま人に対して深い絶望を覚えてくれたら楽なんだけどなぁ。まあ、僕達には時間はあるし長い目で見るとしよう」
そう言いつつも、ややじれったそうにしているウルにイブキは笑いかける。
「案外それは早いかもしれないよウル君。だってつい先日まで平和ボケしていた町の人がこの顛末をほとんど1人でやったなんて聞いたら、助けてもらった恩を忘れて敵対しそうだもの!」
「そうだとしたら、優先順位もわからないような救えない人間に絶望するかもってことか、なるほどね。そう言った面があるから人間は醜いよね」
笑いあい、再び歩き始める。続々と影でできた顔がウルの羽へと吸収されていくその光景を見たものがいたらこう言うだろう。百鬼夜行、と。