恐怖
ラタン姉は僕を抱きしめたまま疲れたのか眠ってしまったようだった。ううむ、罪悪感から起こせないし、身動きが取れない。そうしていると所々におった傷と今しがたできた顔の怪我にスズちゃんが回復魔法をかけてくれる。
「キルヴィ様、私だってラタン姉くらい凄く心配したんですからね?」
少し膨れた顔でスズちゃんがそういいながら頬をつねってくる。……はい、反省してます。命があったからいいものの、いざぶつかって見たらこれとは自分の力をやっぱり少し過信していだという事だ。自分よりもまだまだ上がいるという事だ。
「でも、ありがとうございます。お兄ちゃんの為に怒ってくれて」
本当に反省しているとわかったのか、すぐにふっと笑ってそう言ってくれる。ああ、この笑顔を見れただけでも僕のやったことに意味はあるのだろう。
「キルヴィ、1人であの騎士達に勝てたのかい?」
未だに残党がこちらを狙っているのではと辺りを見渡しているクロムに尋ねられる。この場で戦っていたということは激しく刻まれた戦闘跡が物語っていた。クロムの剣を指差す。
「なんとか勝てた、かな?見逃して貰えたと言えなくもないけど。ちゃんと戦いは終わったよ。それ返してもらったよ」
クロムは剣を一瞥するも、先に僕の方へと駆け寄ってきて僕の手をかたく掴んだ。
「ありがとう、ありがとうキルヴィ。これも確かに大切なものだ。だが私にとって何よりも宝なのは家族だ。キルヴィが生きててくれて良かった。あいつら相手にやり合えるとはやっぱり、キルヴィは凄いな」
嫉妬からくる言葉ではない、その言葉。以前のすれ違いがあるからこそ、こうしてクロムから家族と言ってもらえて嬉しい。
僕達がこうしてわいわいとしていると、近くに脅威度が小さいものの敵が現れた。一体なんだと僕が視線を移すと、クロムもスズちゃんもそちらを向く。
そこにいたのは自警団のおじさんだった。震えながら自らの剣を抜いて僕を見ている。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですよ、もう戦いは終わったんです!」
クロムが慌てた様子で自分の剣を回収すると、そのおじさんに話しかける。だがそのおじさんは僕に向かって何かを投げつけてこちらを指差しながら怯えた表情で口を開く。近くに投げられたのは半分に消しとばされた人の顔であった。変形していて焦げたり切断されたりと言った具合から、魔法罠によってことごとくダメージを負った物だろう。よほど運がなかった人なのか。
「クロム君、そいつは危ないから離れるのだ!君が敵わなかったのに1人であの騎士全てを相手に戦い、勝つなんていくらなんでもおかしいだろう!それにいくら敵であったとしても、こんな酷い殺し方をする必要があったというのか!?」
おじさんの顔には恐怖。その言葉で塗りつぶされた表情だ。ああ、この顔は知っている。これは人を見る目ではない。この人はすでに僕のことを人として見てくれていない。
「騎士を追い払ってくれたことには感謝している!町を助けてくれたということも理解している!だがその力、私にはどうしても恐ろしい。いともたやすく大勢の人の命を消してしまう酷い力が何かの間違いで私の町に向くのではないかと考えると怖くてたまらない!後生だ。ここで、ここでそいつを切られてはくれないか」
わかった上での身勝手な言葉。その言葉にクロムもさすがに語感を強める。
「やめて下さい!いくらなんでもそれはおかしいでしょう?そんな頼み、聞き届けられません!冷静になって下さい」
だが、そのクロムの必死な訴えにもおじさんは一歩も引かず耳を貸さない。
「ええい黙りなさい!それはすでに人の範疇を超えている。魔物と何が違うというのか!いま、弱っているうちに死んでもらった方がアムストルの、ひいては平和の為になる筈だ」
そう言って剣を振りかぶる動作へと移る。ダメだ、せっかく綺麗に終われると思ったのにこのままでは殺すか殺されるかになってしまう!それだけは避けたい。
「ダメだ、話ができる状態ではない。スズちゃん、クロム!僕の手をつかんでくれ」
その言葉ですぐに掴んでくる2人。できるかどうかわからないが自分のスキルを信じ、すぐに縮地を実行する。
結果、おじさん以外の人を連れて離れたところへ移動することができた。どうやら縮地実行時に僕に触れている人は僕と一緒に移動ができるようだった。この技、MAP機能の複数対象に拡大は適応されるらしい。そのまま縮地を繰り返し、おじさんから十分に距離を開ける。安全圏に入ったと実感したところで、どっと疲れが押し寄せ、今度こそ本当に力が入らなくなる。
「いったいどうして、おじさんが攻撃してきたんだろうか」
クロムが訳がわからないと言った様子でそう言う。僕にもわからない。どこかで僕達は間違ったことをしたのだろうか?
「キルヴィ様を魔物と変わらないだなんて……そんなのってひどいです、あんまりです」
スズちゃんが悲しそうな顔で、僕が魔物なんかではないと否定してくれる。
……そう言えば、クロムの元に行く前にラタン姉が光の定規を人に見られていないかを気にしていた。過ぎたる力をもっと味方でもどうとかこうとか。もしかして現状はあの言葉の通りの状況なのかもしれない。すぐにでも起こして現状どうしたらいいのかを尋ねて見たかったが、極度の疲れと魔力切れから僕の意識は暗転していったのだった。